2021年に「脳・心臓疾患の労災認定基準」が改正。労災予防のための「安全配慮義務」見直しのポイント

2021年9月、「脳・心臓疾患の労災認定基準」が約20年ぶりに改正された。「労災保険給付」を支給するか否かの基準であるので、企業に直接の影響はないと思われるかもしれないが、労災認定されるということは、労働基準法に基づき、「使用者が負う災害補償責任」が政府管掌の保険給付によって履行されるということである。「災害補償責任」と「損害賠償責任」は関連するので、労災認定後の損害賠償請求の可能性が高まる。そこで、改正労災認定基準から、使用者が負う「安全配慮義務」の内容と履行を考察することとしたい。

改正「脳・心臓疾患の労災認定基準」による安全配慮義務の拡大

厚生労働省は2021年9月14日、「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」を約20年ぶりに改正した。改正認定基準は、1日5~6時間未満の睡眠時間から逆算した「過労死ライン」(病気や死亡のリスクが高まる時間外労働時間数)について、「発症前1ヵ月間に100時間超」または「発症前2~6ヵ月間に月平均80時間超」という基準を引き下げなかった。しかし、「過労死ライン」には至らなくとも、これに近い時間外労働が認められる場合には、労働時間以外の負荷要因も考慮し、「業務と発症との関連性が強い」と判断するという2段階評価を設けた。

長時間労働と脳・心臓疾患の発症等との間に有意性を認めた疫学調査では、長時間労働を「1週55時間以上」または「1日11時間以上」として調査・解析している。このことから、「過労死ライン」に近い時間外労働とは、これが1ヵ月継続した状態として、おおむね65時間(≒1日3時間×21.7日)を超える時間外労働の水準が想定される。すなわち、改正認定基準においては、「1ヵ月間当たり65時間を超える法定外労働時間」が認められ、かつ業務による質的負荷要因が存在していれば、労災認定される可能性がある。

一方、改正認定基準では、業務による質的負荷要因として「休日のない連続勤務」、「勤務間インターバルが短い勤務」、「暑熱環境や身体的負荷を伴う業務」が新たにあげられた。「勤務間インターバル」については、交替制勤務など勤務形態の特性からインターバルが短くなる場合だけでなく、結果として、時間外労働により終業時刻が遅くなり、次の始業時刻までの時間が短くなった場合も含まれる。

また、「心理的負荷の要因」については、精神障害の労災認定基準で定められた「業務による心理的負荷評価表」を一部流用して追加となった。さらに、交替制勤務と深夜勤務の負荷評価が緩和された。勤務時間帯やその変更が生体リズム(概日リズム)と生活リズムの位相のずれを生じさせて疲労の蓄積に影響を及ぼすことを理由に、交替制勤務と深夜勤務それ自体を負荷要因として検討し、労働時間と合わせて評価することになる。

「脳・心臓疾患の労災認定基準」の改正は、補償に関する政策の変更であるとはいえ、労働の量と質の両面を総合することにより、使用者が負う「安全配慮義務」自体もその内容が拡充されることは否定できない。使用者が安全配慮義務(予防)に違反すると、損害賠償義務(補償)が発生するため、予防と補償は表裏一体である。そこで、拡充された労災認定基準をツールとして活用し、企業ごとの実情に応じた予防策を検討することが肝要である。

職場環境の改善で「安全への配慮」と「職場の活性化」を両立

厚生労働省発表の「過労死等防止対策白書」(2020年版)によれば、第3次産業1社の単年度データだが、1週当たりの労働時間が50時間超群は、同35~50時間群に比べ、LDLコレステロール数値やイライラ感、疲労感が高かった。また、作業前の安静時血圧が正常範囲内である30~50代の健常男性が、9~22時に座位姿勢で簡単なパソコン作業(模擬長時間労働)を行った際の血圧を測定したところ、19時15分~22時の時間帯において、収縮期血圧が40代は130mmHg以上、50代は140mmHg前後を示し、30代との有意差が認められた。

さらに、同白書(2021年版)によれば、「月当たりの平均労働時間」と「ストレスチェック結果」との関係をみると、労働時間が長くなると、不安感や疲労感に関する項目の平均点が高く、活気に関する項目の平均点が低くなる傾向がみられた。このように、長時間労働が健康状態に及ぼす影響は、最近の研究でも明らかにされている。

ところで、同白書(2020年版)によれば、労働者調査結果、企業調査結果ともに、所定外労働(残業)が生じる理由の上位3位は、「業務量が多いため」、「人員が不足しているため」、「仕事の繁閑の差が大きいため」が占める。また、企業調査結果によると、過重労働防止に向けた取り組みを実施する上で困難に感じることは、「人員不足のため対策を取ることが難しい」が最多であり、「労働者間の業務の平準化が難しい」と続く。

人員の増加や適正配置など、職場集団レベルでは解決できない課題は、経営者がトップダウンで達成する必要がある。一方、職場ごとの問題点を知っているのは労働者であり、その解決策を出せるのも労働者だ。職場からのボトムアップにより、職場環境を改善することが望ましい。労働者参加型で“優先して解決すべき長時間労働の要因”や“業務による質的負荷要因”を抽出した上で、実施可能な対策から開始して効果を把握しつつ、対策の改善を図ることが肝要である。

労働者間の業務量を平準化するためには、職場集団レベルで「標準作業」と「標準時間」を設定することが前提となる。この検討を通じて、「ムダな業務の削減」や「OJTによる育成」を推進することにより、限られた人員の中で、受注変動や繁忙期での人員応援などへの柔軟な対応が可能となる。その結果、仕事の繁閑差の縮小やリードタイムの短縮が実現できる。さらに、それらにとどまらず、より積極的に職場のよい点を挙げ、「どのような職場にしていきたいか」という視点も加えて多角的に検討する。そうすることで職場の人間関係が良好になり、労働者個人レベルのストレス対処にも繋がる。

このような地道な取り組みを全社的に継続していくことが、「使用者が安全配慮義務を尽くす」ということにもなる。ひいては、「従業員のモチベーションの向上」や「定着率の上昇」に繋がり、顧客へのサービスレベルが向上して、企業の持続的な発展に資するといえよう。