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第237回  「人間のやったことは、人間がまだやれることの100分の1にすぎない。」豊田自動織機 創業者 豊田佐吉

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 豊田佐吉は、1867年、遠江国敷知郡山口村(現・静岡県湖西市)生まれ。父親は農業を営む傍ら大工として働いていた。自身も小学校を卒業すると父親の大工仕事を手伝うようになる。
 
 佐吉は14、5歳の頃から「なんとか人のために役立ちたい」、「国家のためにつくしたい」と考えていたという。幕末から明治にかけての動乱期という時代背景もあったのかもしれない。
 しかし役に立ちたいと思っても、何をすればよいのか分からなかった。そんな時できた法律が『専売特許条例』である。これがわが国の特許制度のスタート。18歳になっていた佐吉は、これを契機に発明に一生をささげようと決意したという。

 1890年、24歳の佐吉は、東京・上野で行われた「第三回内国勧業博覧会」を見学するために上京。会場で国内外の最新機械に見て衝撃を受けた。さまざまな機械の構造を目に焼き付けようと1ヶ月もの間、会場に通ったという。その翌年完成したのが、「豊田式木製人力織機」。これが最初の発明であり、はじめて取得した特許だった。

 木材を多用した「豊田式木製人力織機」は外国製織機よりも安く、爆発的に売れた。そして、その資金で開発を進めた「豊田式動力織機」が日本を織物大国へ押し上げることになる。佐吉はその後も様々な発明を手掛け、特許件数は国内で100以上、海外で50以上になった。

 掲出はそんな佐吉の言葉。我々は困難に直面するとすぐに無理だと考えてしまいがち。しかし、なしてきたことがやれることの100分の1に過ぎないと考えれば、残りは伸びしろということになる。「まだまだできることはないのか」「本当にやりたかったことは何か」と可能性を探るうち、現状を打破するための糸口が見つかるのではないだろうか。

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 経営プロ編集部

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経営者・事業部門責任者から部長・課長・リーダー層まで、経営の根幹を支える人たちの成長を支援するパートナーメディアを目指します。日々の業務に役立つニュースや小ネタ、組織強化や経営理論まで幅広く学べる記事を提供します。

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