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第214回  「順波には乗り、逆波は逃げよ。成功は機を見るに敏なるにある。」大同電力 初代社長 福沢桃介

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 大同電力は大正から昭和初期に存在した「五大電力」の一つ。これを設立した福沢氏は「電力王」と呼ばれた。

 1868年、武蔵国横見郡荒子村(現・埼玉県吉見町)生まれ。旧姓を岩崎といい、慶應義塾大学在学中に福沢諭吉の目に止まり、養子になったことから福沢姓を名乗るようになった。大学卒業後は福沢諭吉の援助でアメリカに留学。イーストマン商業学校で学び、卒業後はペンシルベニア鉄道で見習いを務める。1889年に帰国して北海道炭礦鉄道に入社。しかし、ほどなくして結核を患い療養生活に。療養中にのめり込んだ株式投資で10万円(現在の価値で約20億円)もの利益をあげた。

 当時は火力発電中心。いつかは限界がくると考えた福沢氏は水力発電事業に乗り出す。木曾川の水利権を獲得して1911年に八百津発電所を建設、さらに名古屋電灯を買収して社長に就任した。1920年には大阪送電を改組して大同電力と東邦電力を設立。大同電力は戦前期、最大手の電力会社に成長した。

 福沢諭吉の養子、アメリカ留学、結核発病、株式投資での巨利──福沢氏の人生は波乱万丈だった。実は巨利を得た後、約10年間、ビール、鉱山、ガスなど、実にさまざまな事業に関わり、最終的にたどり着いたのが電気事業だった。掲出はそんな福沢氏の言葉。ビジネスに波は付き物、その波が順波か逆波かを読んだ人物が成功を収める。

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 経営プロ編集部

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経営者・事業部門責任者から部長・課長・リーダー層まで、経営の根幹を支える人たちの成長を支援するパートナーメディアを目指します。日々の業務に役立つニュースや小ネタ、組織強化や経営理論まで幅広く学べる記事を提供します。

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