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第136回  「よい商品を人々に知らすこと自体が世に益することである。」森下仁丹 元社長 森下博

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 仁丹のトレードマークは軍服のような服装の人物の下に「仁丹」と書かれた「大礼服マーク」。しかし、書かれているのは、実は軍人はなく外交官だ。総合保健薬・仁丹の効能を広く世界に広めて、人々の健康増進に役立てたいという想いから外交官にしたのだという。このマークを考案したのが、森下仁丹の創業者である森下氏だ。

 森下氏は1869年、広島県沼隈郡鞆町(現・福山市)生まれ。15歳で大阪に出て、舶来小間物問屋「三木元洋品店」で丁稚奉公を経験した後、1893年、薬種商「森下南陽堂」を作った。これが森下仁丹のルーツだ。

 その船出は決して順風満帆とはいえなかったが、1900年に発売した梅毒の新薬「毒滅」がヒット商品となった。この時、森下氏は新聞各紙に全面広告を出し、全国の街角の掲示板にポスターを貼り出すなど、広告に力を入れている。ヒットしたのは効能が優れていたことはもちろんだが、広告の力が大きかった。

 その後、仁丹の開発に着手。現在の「銀粒仁丹」の前身にあたる「赤大粒仁丹」を1905年に発売する。この時には、さらに大胆な宣伝戦略を採った。全国の薬店に屋根看板や幟を設置する旨を表明、新聞の全面広告も連続で出して、周知徹底に努めたのだ。その結果、仁丹は発売2年で売薬の売上げ1位になった。

 良い商品も伝える努力をしないと売れない。消費者の立場では不利益を被っていることにもなる。まさに「よい商品を人々に知らすこと自体が世に益すること」だ。

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経営者・事業部門責任者から部長・課長・リーダー層まで、経営の根幹を支える人たちの成長を支援するパートナーメディアを目指します。日々の業務に役立つニュースや小ネタ、組織強化や経営理論まで幅広く学べる記事を提供します。

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