経営・ビジネスの課題解決メディア「経営プロ」

経営者のあの一言

第359回  「人間、欠陥を持っていることはすばらしい。自分で何でもやっちゃ部下もついてこない。」本田技研工業 創業者 本田宗一郎

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

本田氏は、1906年、静岡県磐田郡光明村(現・浜松市天竜区)生まれ。尋常高等小学校卒業後、上京して自動車修理工場のアート商会に入社。子供の頃から機械いじりが好きで自動車整備ができると思って入ったのだが、入社半年は社長の子供の子守りと掃除ばかりだったという。その後、自動車の修理をするようになると実力が認められ、1928年、のれん分けの形で浜松アート商会を設立した。のれん分けを許されたのは、本田氏一人だけという。

戦後1946年に本田技術研究所を設立、さらに2年後の1948年に本田技研工業を設立し、二輪車の研究を始める。スタート時の従業員はわずか20人だった。最初のヒットは「バタバタ」の愛称で親しまれた原動機付自転車。以降さまざまなオートバイを発売し、次第に四輪にも事業を拡大していくことになる。

技術者としては天才的だった本田氏だが、金勘定はさっぱりだった。それを補ったのが藤沢武夫氏。この2人のコンビで本田技研工業は成長していった。誰にでも苦手なものはある。もちろん、そこを克服するのもいいが、誰かに補ってもらうのも手だ。

お気に入りに登録

プロフィール

 経営プロ編集部

経営プロ編集部

経営者・事業部門責任者から部長・課長・リーダー層まで、経営の根幹を支える人たちの成長を支援するパートナーメディアを目指します。日々の業務に役立つニュースや小ネタ、組織強化や経営理論まで幅広く学べる記事を提供します。

関連記事

会員登録 / ログイン

会員登録すると会員限定機能や各種特典がご利用いただけます。 新規会員登録

会員ログインの方はこちら