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経営者のあの一言

第352回  「輸出品の中で少ないのは工業品、なかでも機械製品である。工業立国論は、これでは不安である。識者が腐心して、大いに研究すべき問題である。」服部時計店(現セイコーホールディングス)創業者 服部金太郎

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掲出の言葉は「国産時計の父」と呼ばれた服部氏が雑誌のインタビューで述べた所感の一節。服部氏は、工業製品に関してもっぱら輸入に頼っていた明治時代において、今日の技術立国日本の礎を築いた一人だ。

服部氏は、1860年、江戸京橋采女町(現・東京都中央区)生まれ。12歳で丁稚奉公に出たところ、近くに時計店があったことから、時計に興味を持つようになる。そこで、勤め先を時計店に変え、技術を身に付けるとともに、資金を貯めた。

1881年、21歳の時に小さな店を構え、古時計の販売を始める。古時計をそのまま売るのではなく、自分で改修し品質を向上させて売ったことから評判となり、繁盛した。その後、新品の舶来時計を扱うようになると、品揃えの豊富さが評判となり、これまた成功を収める。

しかし、服部氏は販売だけでは満足しなかった。1892年、東京・本所に精工舎という工場を作り、時計製造に乗り出す。最初は掛時計・置時計など大きな時計から始め、次第に懐中時計の製造を手掛けるようになると、ついには、腕時計の製造に成功。やがて欧米に輸出するまでになる。

今やメイド・イン・ジャパンは世界中の人達から高品質の代名詞とされている。時には、このような日本を技術立国に成長させた先人の努力に、想いを馳せてもいいのではないだろうか。

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経営者・事業部門責任者から部長・課長・リーダー層まで、経営の根幹を支える人たちの成長を支援するパートナーメディアを目指します。日々の業務に役立つニュースや小ネタ、組織強化や経営理論まで幅広く学べる記事を提供します。

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