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第14回  「他社がまねするような商品をつくれ。」シャープ 創業者 早川徳次

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シャープ創業者の早川徳次氏の人生は波乱万丈だった。
1893年に日本橋で生まれ、生後1年11ヶ月で養子に出され、つらい幼少期を過ごし、7歳で丁稚奉公に出る。奉公先を懸命に勤め上げ、独立後は独自の金属加工製品で業績を上げていった。

そして、社名の由来ともなるシャープペンシル(早川式繰出鉛筆)を発明し特許を申請したのが1915年。順調に会社の規模を拡大していたところに、1923年関東大震災が発生。妻と二人の子を失い、会社を解散、譲渡することになってしまった。どれだけ気を落としただろうか。

しかし大阪に移った早川氏は、この運命に屈することなく震災の1年後に会社を新たに設立。その翌年には、国産第1号の鉱石ラジオの開発に成功する。ラジオは爆発的に売れ、業績を拡大した。

第2次世界大戦中も事業継続の努力をし、終戦後は倒産の危機もあったが、
1953年のテレビ放送開始を前に国産第1号テレビを発売した。1962年には国産第1号電子レンジを発売。1964年には世界初のオールトランジスタ方式の電子式卓上計算機を開発した。

「他社がまねするような商品をつくれ。」

早川氏は常にそう言っていたという。他社がまねしてくれることで市場も拡大し、社会の発展につながり、最終的には自社にかえってくることだと考えていた。

シャープのホームページにはこう書かれている。
「先発メーカーは、常に後から追いかけられるので、現状に満足せず、その先を考えなくてはいけません。しかし、さらにより優れたものを開発し、いつもまねてくれるような商品を出すように心がけていれば、結局、自社の発展・成長に結びつく、と(早川徳次は)考えたのでした。」

シャープにはこの精神を改めて呼び起こしてもらい、現在の苦境を乗り越えて鮮やかに甦ってほしいと思う。

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経営者・事業部門責任者から部長・課長・リーダー層まで、経営の根幹を支える人たちの成長を支援するパートナーメディアを目指します。日々の業務に役立つニュースや小ネタ、組織強化や経営理論まで幅広く学べる記事を提供します。

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