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第262回  「何も変えないことが最も悪いことだ。」トヨタ自動車 元社長 奥田碩

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 奥田氏は、1932年、三重県津市生まれ。祖父や父親が三重県最大の証券会社・奥田証券を経営していたため、裕福な家庭で育った。しかし太平洋戦争で空襲に遭い、実家は全焼、疎開生活を余儀なくされることに。奥田証券も倒産し、戦後も借家住まいが続いた。

 一橋大学商学部を卒業後、トヨタ自動車販売(現・トヨタ自動車)に入社、経理畑を歩む。麻雀や飲酒を好んだことから生真面目な人物が多い職場で浮き、歯に衣着せぬ言動で、しばしば上司とぶつかったという。

 1982年に取締役に就任。常務取締役、専務取締役、取締役副社長を経て、1995年、代表取締役社長に就任した。豊田家以外の人物の社長就任は28年ぶりだった。

 社長時代は攻めの姿勢を貫いた。当時のトヨタ車は堅実だが面白味がないと言われ、国内シェアも低下傾向にあった。そんな中、思い切った策をいくつも打ち出し、国内シェアを回復、世界第1位の自動車メーカーの座を手にした。

 攻めの経営を象徴するものが世界に先駆けて発売したバイブリッドカー「プリウス」だ。それ以前のトヨタは、このような先進的な分野には先行メーカーの様子を見てから進出するのが常だった。ところが豊田氏は発売を1年前倒しにしたのだ。結果、プリウスはカー・オブ・ザ・イヤーなどを受賞、今や世界的に知られる車となった。企業は大きくなると現状維持が重視され、変化を嫌うようになる。しかし、それではさらなる成長は望めない。安定期に入った企業ほど変革型のリーダーが求められるといえるだろう。

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経営者・事業部門責任者から部長・課長・リーダー層まで、経営の根幹を支える人たちの成長を支援するパートナーメディアを目指します。日々の業務に役立つニュースや小ネタ、組織強化や経営理論まで幅広く学べる記事を提供します。

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