障がい者雇用拡大の想いを胸に仕事にひもづいた雇用へ採用方針を変え、在宅勤務の整備に向けて3つのポイントにも注力

今回インタビュ―をしたのは、人材派遣業のマンパワーグループの特例子会社ジョブサポートパワー株式会社の代表取締役小川慶幸氏だ(※役職名は取材時のもの)。小川氏は同社の人事の責任者になると、障がい者雇用拡大の想いを胸に、採用や定着、育成のあり方を変えるために改革に着手した。今回は、障がい者がより一層働きやすい環境づくりの試みを中心にお話を伺った。

今回のリーダー:ジョブサポートパワー株式会社 代表取締役 小川 慶幸 氏

今回インタビュ―をしたのは、人材派遣業のマンパワーグループの特例子会社ジョブサポートパワー株式会社の代表取締役小川慶幸氏だ(※役職名は取材時のもの)。小川氏は同社の人事の責任者になると、障がい者雇用拡大の想いを胸に、採用や定着、育成のあり方を変えるために改革に着手した。今回は、障がい者がより一層働きやすい環境づくりの試みを中心にお話を伺った。

リーダープロフィール
小川慶幸(おがわ よしゆき)

1993年に人材サービスのマンパワーグループに入社。人材派遣、人材紹介、マーケティングの各部門にて本部長を歴任後、2008年にジョブサポートパワー株式会社に出向する。事業本部長として障がい者の雇用と就労支援ならびに企業の障がい者雇用支援を行う。2015年、代表取締役に就任(※役職名は取材時のもの)。

はじめに雇用ではなく、社内にある仕事を対応するのにふさわしい人を雇う採用へ

障がい者雇用拡大の想いを胸に仕事にひもづいた雇用へ採用方針を変え、在宅勤務の整備に向けて3つのポイントにも注力
「当社は、2009年から障がい者の採用方針を変えました。それ以前は、障がい者雇用をするための採用に重きを置いていたのです。はじめに障がい者の雇用があり、その後に社内で仕事を作るようなことをしていました。2009年からは、はじめに雇用ではなく、はじめに仕事があり、それを対応するのにふさわしい方を雇うようにしたのです。このような方針が、障がい者雇用を拡大させるためには大切だと考えています。ですから、2009年以降は面接試験などで仕事への適性やスキル、業務経験、潜在的な能力などをそれまで以上に慎重に見据え、戦力になると思える人を採用しています」

ジョブサポートパワー株式会社代表取締役の小川慶幸氏がそう語る。同社は全社員163人のうち、障がい者は139人(2021年2月1日現在)。内訳は約9割が身体、約1割が精神、知的に関する障がいで、半数以上が重度障がい者だ。2019年には、創業時から障がい者雇用に力を入れてきたことが認められ、「令和元年度 障害者雇用エクセレントカンパニー賞(東京都知事賞)」を受賞している。

同社は障がい者が働きやすいように、勤務場所は主に「本社」「支社」「グループ会社のオフィス」「社員各自の自宅(在宅勤務)」の4つとしている。採用試験時にその時点での社内の状況、本人の希望や適性、障がいの部位や程度、健康状態、PCスキルなどを確認したうえで、これら4つの勤務地から1つを決める。

通勤可能な社員は原則としてオフィスでの勤務となり、一般的な事務に関わる。在宅勤務は働く意思がありながらも、通勤が困難な重度障がい者が対象になる。最近では、全国各地から就職希望者が増えているという。

マンパワーグループから出向した小川氏は、本部長として人事・労務に関わるようになった頃から、採用試験の仕方も変えていく。採用の精度を高めるために、面接の時間や回数を増やし、1次面接、2次面接とも1時間~1時間半をめどにした。在宅勤務を希望する障がい者にはWeb会議ツールを使い、面接を実施する。

入社後の対応で、特に正社員にするうえで重視する点も明確にした。障がい者の場合、半年もしくは1年単位の契約社員として採用するが、早い場合は入社半年の時点で正社員に登用している。勤務態度や仕事の実績、上司の評価や本人の考えを考慮したうえで決める。

特に、「他の社員に常に助けを求めるタイプであるか否か(まずは、自分できちんと担当する仕事をやり抜くことができるか)」「自分の仕事を自分できちんと対処し、他の社員も支えることができるタイプであるか」などを登用するうえで重視している。

小川氏は、「チームメンバー全員が障がい者である以上、他の社員に頼り続けることは好ましくないといった意識を社内で共有してきました」と話す。

障がい者雇用推進に向けて注力した3つのポイント

障がい者雇用拡大の想いを胸に仕事にひもづいた雇用へ採用方針を変え、在宅勤務の整備に向けて3つのポイントにも注力
さらに障がい者雇用を推し進めるために力を注いだのが、在宅勤務の整備だ。2004年に、全社で在宅勤務をスタートした。対象となるのは、働く意思や能力がありながらも通勤が困難な重度障がい者。その数は2013年に全社員の半数を超えた。2021年2月1日時点では、全社員の約67%の97人が、全国30都道府県で在宅勤務をしている。

在宅勤務での業務の報告や連絡、相談は主に電話やメール、チャットツール、Web会議ツール「Teams」を使う。就労は全員が通常週5日、1日6時間または7時間30分。基本的に残業はない。健康面への配慮の観点から、厳格に労働時間を管理する。全社員が「Teams」を使用して午前9時の朝礼、午後4時の終礼に参加し、この場で互いに出勤や退勤の確認を行う。

在宅勤務者のみで構成されるグループは現在7つある。管理職であるセンター長もしくはリーダーのもと、グループメンバー内の電話やメールでの連絡は密にしている。健康状態に急変があった場合、社員間で担当業務を変えて、フォローするためだ。小川氏によると、現在まで大きなトラブルや混乱はないという。

「グループのメンバーが互いに声を掛け合うなどして関知し合い、業務の進捗を常に確認し合っています。在宅勤務はきちんと管理をする仕組みを設けないと、機能しません」(小川氏)

同社は在宅勤務を円滑に進めるために、主に次の3つに力を入れてきた。

(1)入社後3ヵ月間の研修とその後のフォロー
入社時に性格や協調性、技能、障がいの程度、特性、仕事をする際の課題、本人の考え、希望を丁寧に観察・聞き取りをする。チームワークを重視するため、特に協調性の有無を繰り返し確認する。グループに配属後、人間関係でトラブルが生じる可能性がある場合、本人にその旨を伝え、言動を改善してもらう。改善の余地がない時は、入社3ヵ月後も研修を延長するケースがある。小川氏は「研修をルーティーワークにして入社後3ヵ月間の研修終了後にそのまま機械的にグループに配属しないことを大切にしています」と話す。

(2)配属会議、チーム編成方針
研修を終えた新入社員を自らのグループに受け入れたいと希望するリーダーが集い、センター長を交え、話し合う。まず、新入社員の障がいの程度や特性、性格、技能を共有する。希望する新入社員がリーダー同士で重なった場合は、話し合うことで調整し、いずれかのグループに配属する。受け入れを希望するリーダーがいない場合は、新入社員の研修を延長している。受け入れるリーダーが現れるまで続けるが、通常はその期間は短いという。

グループメンバー編成の際に重視するのが、技能だ。リーダーは本人がどのような仕事をどのレベルでできるのかを丁寧に確認する。年齢、性別は、参考程度にする。

「技能をもとに編成をしないと、後々、トラブルになる。優れた技能を見い出し、伸ばしていくことが、障がい者雇用を安定化させるために重要なのです」(小川氏)。

(3)業務設計、在宅勤務者の手作りの制度
業務の設計については、PDCAサイクルを回し、状況に応じて改善するようにしている。例えば、グループリーダーで、経営戦略センター長(課長)として3人の社員をまとめる上田玲奈氏は大阪府に在住で、在宅勤務をしている。

上田氏を含め、4人のメンバーはいずれも重度障がい者だ。チームを組んで、主に会社の予算計画作成や社内外への広報業務、他社の障がい者の社員が在宅勤務をするうえでのコンサルティングに関わる。上田氏は3人と仕事の進め方、情報共有のあり方について話し合い、業務設計の改善を繰り返した。

「チームで毎日、朝礼や夕礼をオンラインでします。心身の状態や仕事の現状、問題点を確認し合うためです。例えば、「今日は少し疲れていて余裕がなさそうだから、声をかけるのをやめよう」と感じ取ることができます。相手は「きちんとわかってくれているんだな」と思うかもしれません。ここから信頼関係が次第にできていくように思います」(上田氏)

このように各グループの業務は、障がいのある社員自らが話し合い、働きやすいように設計したものだ。その1つが、データの容量が大きい場合の対応だ。現在は、オンラインストレージを使用している。

「私たちは、明確な根拠もないのに「障がい者だから、この仕事はできないだろう」と思いません。「できない」ならば、どうしたらできるようになるのか、と考えるようにしています。そこでまず、就労環境を整えることに力を入れてきました。在宅勤務の環境や健康面への配慮、労働時間の厳格な管理などです。そのうえで特に大切にしているのが、対話です。全員が互いの違いなどを尊重し、一緒に仕事をしていくようにしています。当社で自信を持った障がい者の社員が増えていくと、社会の障がい者への偏見も変わっていくのではないか、と思います。雇用する会社も増え、それぞれの職場でその人にふさわしい仕事が与えられ、大きな活躍をしていく。その繰り返しで、障がい者雇用が増えていくのだと私たちは考えています。これを後押ししてくれるのが、障がい者の社員やかつて在籍した障がい者の社員たち、そしてそのご家族です。「障がいがあるから、この仕事はできないだろう」なんて見方はありえない、と私は思いますね」(小川氏)
障がい者雇用拡大の想いを胸に仕事にひもづいた雇用へ採用方針を変え、在宅勤務の整備に向けて3つのポイントにも注力
今回の事例からは、障がい者雇用を積極的に進めるためには、まずはその設計が大切であることがわかる。ジョブサポートパワーは、採用方針と就労環境に着眼した。いずれも定着者を増やし、障がい者雇用を拡大するという想いを実現するためだ。ビジネスの現場では、制度やツールを導入することが目的になってしまうことが多々ある。今回は、大きなビジョンをもとに、それを実現するために採用方針や就労環境を変え、改善を図ることができた。目的に沿った手段で改革に成功した好事例と言えるだろう。