第21回:経営幹部が注意すべき、部下の“インセンティブへの慣れ”とは。報奨金制度で失敗する4パターンを解説

“部下の動機付け”は、会社にとっても個々の経営幹部にとっても、非常に大きな関心事でしょう。あらゆる働きかけを試みるものの、今ひとつしっくり来なかったり、部下に効いている気がしなかったりといった悩みを抱えている方も多いのではないでしょうか。これについて、実は企業の「インセンティブ制度」に、特に多くの落とし穴があることはご存知でしょうか。今回は、「部下の頑張りにインセンティブで報いることが難しい理由」を、企業のインセンティブ制度の失敗パターンから読み解いていきたいと思います。

やる気を醸成する「期待理論」

そもそも部下たちは、どのようなときにやりがいを感じ、努力してくれるのでしょうか。

「営業電話を頑張ったら、5件アポイントが取れた!」
「今年は目標をハイ達成できて、ボーナスが去年の倍になった!」
「プロジェクトを成功させることができたら、次のビッグプロジェクトの責任者に抜擢された!」

例えばこんな時に、部下たちは達成感や充実感を感じ、「次も頑張るぞ」と思うはずです。

「組織での人間行動」に関する心理学的分析の第一人者として知られるビクター・ブルームは、人がやりがいを感じて努力する際のプロセスやメカニズムに着目し、「期待理論」を提唱しました。これによると、人は次のように感じることができるときに、モチベーションを感じて努力するのだといいます。

(1)努力すれば → 成果が上がる
(2)成果が上がれば → 報酬が増える
(3)報酬は → 自分にとって魅力的なものだ


上記のうち、「努力→成果」の過程で感じるのが<手応え感>、「成果→報酬」の過程で感じるのが<報われ感>、「報酬の獲得」で感じるのが<惹かれ感>とも言われます。この3つを部下に提供できれば、当人がやる気を出して努力してくれることを、ブルームの「期待理論」は示しています。

では、このサイクルをうまく回すためにはどうすればよいのでしょうか。それにはまず、評価制度がしっかり設計されていること。そして、それが適切に運用されていることが求められます。どれだけ頑張れば、どのような評価を得ることができるのか。どんな成果を積み上げれば、どのように昇進できるのか。それらが設計されていることが重要です。

ちなみに、上司に対する信頼が高ければ、特に「報われ感」がとても高まることが分かっています。皆さんの会社では、いかがでしょうか?

インセンティブがもたらす「4つの失敗」

「報われ感」を具体的にするために、最も用いられるのが「インセンティブ」です。広い意味でのインセンティブによって、人の行動は変わります。業績評価の項目と結果のフィードバック、昇給や表彰の機会、昇進の機会、そして最もよく用いられるのが報奨金でしょう。上司や会社としては、部下の達成意欲を高めるために、年度の目標やその時々の重点テーマに対してキャンペーンを張り、インセンティブ(=報奨一時金)を出したりします。これを読んでいる皆さんの会社にも、こうした制度やイベントがあるのではないでしょうか。

しかし、ここには意外な落とし穴があります。もちろん、こうした報奨金制度が、部下の頑張りを後押しすることは事実です。しかし運用の仕方によっては、一般的に思われているよりも効果が限定的になってしまいかねないのが、この報奨金なのです。

インセンティブの失敗は、主に次の4つのような形で現れます。

失敗例(1):インセンティブ不感症


報奨金は、最初にもらったときはとても嬉しいものですが、回数を重ねるにつれて「慣れ」が生まれ、ありがたみを感じなくなります。このありがたみを強めるには、例えばインセンティブを増額するという方法もありますが、そう簡単に増額するわけにはいきませんよね。モチベーション向上のための報奨金のはずが、「なんだ。こんなに頑張っているのに、これしか貰えない」という気持ちにさせてしまうこともあるのです。

また、毎回同じ人が獲得するようになってしまうと、獲得できないメンバーに「どうせ自分はもらえない」という思いを抱かせ、結果的に意欲低下を招く恐れもあります。

失敗例(2):部門間や職種間の溝を作る


報奨金は、営業など直接売上げをあげるような部門・職種に設定されることが多いですが、これがサポートスタッフや間接部門のメンバーの意欲を下げ、職種間・部門間の溝を生んでしまうことがあります。

失敗例(3):当人の大義やプライドを傷つける


わりと簡単に報奨金を与える営業系の会社もありますが、そのようにしてしまっては、「自分はお金のためだけに働いているわけではない」と、当人の志やプライドを傷つけ、逆にそのメンバーたちの意欲を削いでしまうこともあります。

失敗例(4):不正を誘発する


最近も、大手のM&A仲介企業や証券会社で営業に関する大きな不正が発覚し、大問題となりました。報奨金やその前提となる目標達成に対する過剰なプレッシャーは、社員の不正を誘発してしまうことがあります。

上記の4つの失敗例は、いずれも報奨金制度の負の側面で、せっかくのインセンティブが逆に社員や組織にダメージを与えてしまうこととなります。皆さんも直接、もしくは間接的に、これまで経験していたり、見聞きしたりしたことがあるのではないでしょうか。

インセンティブの「麻薬性」に注意

報奨金であれ、昇進であれ、はたまた賞賛であれ、人は“同額のインセンティブ”にはすぐに慣れてしまう生き物です。これを逆手にとって、私たちの“インセンティブ欲”を最後までくすぐり続けてくれる例として分かりやすいのが、ドラクエなどのRPGゲームです。最初はHP1のスライムしか倒せなかったのが、ゲームが進むにつれてどんどん強いモンスターを打ち倒せるようになる。あのHPの逓増こそが、このインセンティブの中毒性を逆手にとったプログラムです。

このように、インセンティブでの動機付けには、常に“より大きなインセンティブ”を提供する必要があります。しかし、現実の世界では当然のことながら限界があり、残念ながらすぐに弾切れとなるわけです。

ブルームの「期待理論」からも、インセンティブにはドーピング的な効果があることをご理解いただけたと思います。もちろんモチベーション向上施策として用いてもよいのですが、使い方としては「ここぞというところで、効果的に」が大切です。インセンティブの使い過ぎにはくれぐれもお気をつけください。