第17回:部下の「自己実現」を支援するために、経営幹部が実践したい“3つ”のフィードバック方法

過去に私が担当していた別の連載で「企業と個人、それぞれのパーパスが大事になっている」という話を書いたところ、「話はよく分かるけど、実際にそのようにできている会社は存在しないのでは?」、「理想論であって、現実的ではない」といった声が複数寄せられ、「なるほど、そう思っている人は多いのだな」と思いました。

突然ですが、以下のそれぞれのAとBのうち、皆さんの考えはどちらに近いでしょうか?

A.仕事にやりがいは欠かせない
B.会社は個人のためのものではない。仕事に自己実現を求めるなど甘い


A.企業にも個人にも、それぞれパーパス(目的)が必要だ
B.理想を語るのはいいが、現実はそう甘くない


これらの2択はどちらも一理ある考え方ですが、過去に私が担当していた別の連載で「企業と個人、それぞれのパーパスが大事になっている」という話を書いたところ、「話はよく分かるけど、実際にそのようにできている会社は存在しないのでは?」、「理想論であって、現実的ではない」といった声が複数寄せられ、「なるほど、そう思っている人は多いのだな」と思いました。

部下の価値観を明確化・具体化してあげる

ハーバード大学ビジネススクールのテレサ・アマビール教授らによる、35年に渡る研究で明らかになったのは、「部下やチームにとっての価値観やテーマ、やりがいある仕事が前に進むように支援することが、個人と組織の創造性や生産性を高めるのに最も効果的である」ということでした。これはつまり、個人や組織の「パーパス」や「やりがい」を支援する(=自己実現を支援する)ことは、理想論でも綺麗事でもなく、結果を出したい上司・事業責任者・経営者にとっては至極実利的なことだということを示しています。

エグゼクティブコーチの國武大紀氏(株式会社Link of Generation 代表取締役)は自著『その「ひと言」でチームが変わる 最高のフィードバック』で、「部下の能力やパフォーマンスを高め、成長につなげるために、部下の自己実現を支援する3つの視点からフィードバックを行うことが効果的だ」と述べています。

國武氏が言うフィードバックにおける1つ目の視点は「価値観」です。価値観のフィードバックの目的は、「部下の仕事に関する価値観を理解すること」にあります。

人は「価値観」というフィルターを通じて行動を起こします。仕事上で価値観が影響することとして最もわかりやすいのは、「その仕事に対して意味を感じているか」、「その仕事が好きか嫌いか」でしょう。当コラム読者の経営幹部・人事責任者のみなさんは、ご自身の部下が仕事に対してどのような価値観を持っているかをご存知でしょうか?國武氏は、まず部下の仕事に対する価値観を知ることが大事なステップだと言います。

では、部下の価値観を知るにはどうすればよいか。そのためには、部下に「仕事に対する想いや考え方を聞かせて欲しい」とシンプルに伝え、じっくり聴く時間を取ることが必要です。食事やティータイムの場でもよいですし、1on1を設定してもよいので、次のような質問をしてみましょう。

「入社した当初、どんな気持ちで仕事に取り組もうと思っていたの?」
「入社時と今を比べると、仕事に対する意識や考え方に変化はあった?」
「仕事にやりがいを感じている? その理由は?」
「仕事が楽しいのはどんなとき? 逆にしんどいのはどんなとき?」
「仕事で大切にしていることは何?」


これらの質問において、「それは具体的には?」、「例えば?」などと深堀りして、部下の価値観を具体化していきます。そして、部下が話し終わったところで、最後に次のように質問します。

「話してみて、何か気付いたことや感じたことはある?」

先に数々の質問に答えたことで、部下は自らの言葉で自身の価値観を確認することができたため、思考が整理されているはずです。モヤモヤしていたものがはっきりしたり、何かに気づいたり、悩みが解決したりします。それと同時に、上司は部下がどのような価値観を持ち、仕事に対してどのようなことを考えていたのかを知ることができるでしょう。

部下の成長を支援するために、部下の価値観を深く理解することは、とても大切な第一歩となるのです。

部下の“自己実現”を“社会貢献”と接合させてあげる

フィードバックの2つ目の視点は、「視野拡大」です。視野拡大のフィードバックの目的は「自己実現から社会貢献につなげていくこと」にあります。

仕事での自己実現は、たしかに部下の成長につながります。しかし、それは単なる“自己満足”とは異なるのだと國武氏は強調しています。これについては筆者も全く同意見です。自己満足や独りよがりではない、発展性のある自己実現へと変化させていくために、「視野拡大」のフィードバックを行うのです。

視野拡大のための問いかけは、例えば次のようなものです。

「あなたの仕事は、どのようにお客様の役に立っていると思う?」
「あなたの仕事は、どのくらい人々の暮らしを豊かにしていると思う?」
「あなたがお客様だったら、あなたの仕事にどのくらい感謝するだろう?」


これらを話し終わったら、先ほどと同様に振り返りの質問をします。

「話してみて、何か気付いたことや感じたことはある?」

自分の仕事がお客様や社会とどうつながっているのか、どう役に立っているのかについて、考えてもらいましょう。このときはもちろん、上司も一緒に考えます。そうすることで、部下個人としての仕事上での“自己実現”が、“社会貢献”という視点と合致し、結果として「会社がどのようなパーパスやミッションの下で活動しているのか」ということと結びつくのです。

部下の“理想”と“現実”とのギャップを解消してあげる

フィードバックの3つ目の視点は、「軌道修正」です。軌道修正のフィードバックの目的は「理想と現実とのギャップを解消していくこと」にあります。

部下が思い描く仕事上での自己実現。これを成し遂げていく過程は、楽しいことばかりではなく、困難や壁にぶち当たることも多々あるでしょう。そこで立ち止まったり、心が折れたりする人は、自己実現を果たすことはできません。

部下が直面している困難や悩みに対して、上司が応援者として仕事の価値や今後の前向きな側面について確認を促すことで、脱線しそうな状況から軌道修正する道を見つけ、理想に近づくためのサポートをすることができるのです。例えば、次のような質問です。

「仕事のやりがいを取り戻す方法があるとしたら、どんなことだろう?」
「いまの仕事に、別の価値や可能性を見出すとしたら、どんなこと?」
「これから数年先を見据えたときに、いまの仕事はどんな価値をもたらしてくれるかな?」
「これまで頑張ってきたことが、ここからの仕事に活かせるとしたらどう活かす?」


このような問いかけによって、部下は脱線しそうな状況から軌道修正し、再度、自己実現に向かう道に戻って、これからの道筋を見つけ出すことができるでしょう。また、これは決して部下だけの問題ではありません。上司たちも、忙しさに追われたり、困難に直面したりすると、本来の目的や理想を忘れてしまいがちです。

「そもそも、何を大切にしたいの? 何を成し遂げたいの?」、「失敗を活かすならどうすればよい?」、「できないと思っていることが、実はできるとしたらどうする?」、「結果が出るまでのプロセスは?」。これらの、視点を転換する、リフレーミングするような質問を、平素から携えておき、いざという局面で繰り出してみるとよいでしょう。部下にとっても、上司自身にとっても、ぱっと視界が開けるはずです。

部下の自己実現は、自己満足でも絵空事でもないことがご理解いただけたかと思います。それを陳腐なものにせず、発展性のある自己実現へと変えていく必要があるのです。そのために、経営幹部をはじめとする上司全員が広い視野を持ち、部下を見守り、応援し続けることが何よりも大切です。