第6回:入念にプログラム設計したタレントマネジメントはなぜうまくいかないのか?

“古くて新しい”と言える経営課題のひとつに、「タレントマネジメント(次世代経営幹部選抜・育成)」があります。ここ最近、経営人材確保の問題や、後継者問題への対処の必要性・重要性に対する認識が高まっており、改めて「次世代経営幹部育成」について話題に登ることが多くなりました。また、そのためのタレントマネジメント専任組織や制度の導入を検討する企業も増えており、実際に私も折々ご相談を頂いております。
しかし、次世代経営幹部の選抜・育成については、「これまで何度か取り組んでみたが、うまく機能しなかった」という企業も多く、今後の方向性をいまひとつ見いだせていない人事責任者や経営者の方も多いようです。そもそもタレントマネジメントは、なぜうまくいかないのでしょうか? うまくいかないタレントマネジメントプログラムには、大きく2つの問題が存在しています。

計画に固執しすぎず、経営人材像の“おおよその理想イメージ”を持つ

1つ目の問題点は、「無理なことを定義しようとし過ぎている」ことにあります。

一般的に、「戦略人事」のワンテーマとして語られるタレントマネジメントにおいては、おおよそ次のような設計をすべきだと語られます。

自社の中長期展望を予測する
  ↓
それに基づく、「将来の経営人材像」を明確に定義する
  ↓
求める経営人材像に到達するための「候補人材の要件」の特定と、経営参加に至るまでのキャリアパスの設計を行う


アプローチ自体は正しく、この通りに設計すべきだと言えるでしょう。しかし問題は、その各ステップについての中身の詰め方です。

まず、「自社の中長期展望を予測する」というフェーズでは、おおよそ短くて5年後、長くて15~20年後を想定します。この分析に多大な労力をかける企業の話を、これまでに幾度とお聞きしました。労力をかけることが全く無駄とは言いませんが、では実情として、過去に策定した予測は今どうなっているでしょうか? 策定した5年前や10年前とは、全く異なる「現在」にいるのではないでしょうか。どんなに精緻に予測を試みても、どうしても未来は予測不可能です。そのため、この段階に時間とコストをかけ過ぎることは、生産性のない行為だと言えます。

次に、「将来の経営人材像を明確に定義する」というフェーズですが、これもスタティック(静的・固定的)に定義することは不可能かつ、さほど大きな意味を持ちません。そもそも各社ごとに、既に現段階で「望ましいリーダーのイメージ」はあるのではないでしょうか。経営人材・リーダーの普遍的なイメージがあれば、その大枠を定義しておくことで十分なはずです。あとは、そのイメージに対して、もし変化がありそうな要素があれば(例えば、「現在はインキュベーションフェーズにあるので探索型のリーダーが望ましいが、将来的には構造が定まった事業を拡大再生産していけるリーダーが必要になるだろう」など)、それを加味しておけばよいのです。

そもそも5年後や10年後、20年後を精緻に予測して、「『自社の将来像』から『経営人材像』逆算で求め、明確に定義する」ことなど不可能です。
「タレントマネジメント」に関する計画の大枠は策定し実行すべきですが、計画に固執しすぎず、経営陣は未来の経営人材像について“おおよその理想イメージ”さえ持っておけばよしとしましょう。決め打ちし過ぎないことが大切です。

なお、上記で挙げたタレントマネジメント設計の3つ目のフェーズである、「求める経営人材像に到達するための『候補人材の要件』の特定と、経営参加に至るまでのキャリアパスの設計を行う」については、次項で述べましょう。

精緻な選抜・育成プロセスはタレントマネジメントの“柔軟性”を損なう

タレントマネジメントプログラムの2つ目の問題点は、「選抜プロセスや育成カリキュラムを精緻に組みすぎる」ことです。

1つ目の問題点と同様、選抜プロセスをあたかも人生ゲームのように、「それを辿ればゴールに至る」ように組むことなど、不可能です。
以前、ある大手企業のタレントマネジメントに関する選抜・育成の詳細マップを拝見したことがありますが、20年にわたる見通しを立てた、見事に精緻なステップチャートとなっていました。これを毎半期ごとに更新し、候補となる社員の見通しを立てていくことは、経営陣やHRのタレントマネジメント担当者には楽しいことかもしれません。しかしそれは、自分たちが作った“盤面”や“ルール”に縛られており、不測の事態(選抜候補者の思わぬパフォーマンス劣化や退職、あるいはマネジメントに長けた人材の出現など)に直面したときに、「どうしよう……」と思考停止になっている姿も垣間見ました。

組み立てた選抜プロセスや育成カリキュラムが精緻であればあるほど、現実が“盤面”からずれてしまった途端に、そのタレントマネジメントプログラムはデッドエンドとなってしまいます。運用期間が長くなればなるほど、折角の精緻なプログラムやマップが、例外事項でどんどん埋め尽くされ、“形だけのプログラム”になっていることが非常に多いです。

また、選抜プログラムの節目で組まれる「育成カリキュラム」についての最大の問題は、「“よくできた教育研修”を受講しても、必ずしも経営人材になれるわけではない」という事実でしょう。もちろん、よくできた教育研修が不要なわけではなく、中には効果的な幹部教育講座もあります。しかし、座学プログラムを増やせば増やすほど、逆に現実の経営人材育成への効果性は薄れていき、“教育のための教育”となってしまうのです。

結局、「タレントマネジメントの選抜プロセスや育成カリキュラムで、最後まで残る最も有効なものはタフ・アサインメント(修羅場経験のための意図的な異動)だけだった」などということが、本当によくあるのですよね。

選抜候補者に“ばらばらのキャリアパス”を踏ませることがなぜ良いのか?

上述のようなことを、経営人材・マネジメント人材領域に関与する者として多く見てきた結果、突き詰めると「タレントマネジメントプログラムは、“おおよその当たりどころ”と“枠組み”があればよい」という結論に至りました。
その上で重要なのは、経営人材候補者であるリーダーとして、何段階か(一般的にはマネジャー、部長、本部長、執行役員、取締役という職階)のキャリアステージ毎に「おおよそ何を求めるのか」を定義していることと、何よりもタフ・アサインメントをしっかり与えることです。

選抜候補者たちに一律の経験をさせる必要はありません。現実に応じた様々なキャリアパスを踏んでいってもらえばよいのです。逆に言えば、この部分でのダイバーシティが、5年後や10年後の「環境変化への対応力」を担保することになります。
このような話をすると、「そんないい加減な……」と言われるかもしれません。しかし、大事なのは様々なルートを辿っている経営人材候補者たちが複数名存在していることです。その上で、その時々の自社の事業状況や事業環境、経営上の課題やテーマを見て、“そのときに最も適任と思える人材”を抜擢・アサインすればよいのです。その時々で誰が適任となるかは、まさに時代の要請でもあり、巡り合わせでもあり、蓋を開けてみなければ分からないことなのです。

大事なことは、各世代ごとの一定以上の割合の管理職・幹部に「いずれ自分が」という経営参画の志向・意欲を持ってもらうことでしょう。また会社としては、プログラムを精緻に作ることに時間をかけるのではなく、「一定の期間枠(2~3年)ごとに次世代、次々世代の経営幹部候補のプールがどうなっているか」、「その対象者にタフ・アサインメントが与えられているか」、「それを対象者は奮闘しながら解決していっているか」などについて、モニタリングすることです。

テクニカルな結論を述べるならば、プログラムの策定自体に莫大なるエネルギーを注ぐような事態を避けるためにも、タレントマネジメントを固定的なチームや専任担当によって行わないことが、経営人材確保の秘訣であると言えます。その上で、経営陣とHR、また事業企画系セクションに従事しているメンバーの中から適した人材を選抜し、兼任のプロジェクトとすることをお勧めします。