『嫌われる勇気』の岸見一郎が教える、自己・他者との向き合い方とは

採用がますます難しくなる一方で、従業員、特に若手層の離職が増加しています。人材を取り巻く環境が変わる中、従業員のエンゲージメントを高め、最適な育成・マネジメントの実現を目指すのは、各企業の大きな課題と言えるでしょう。これを受けて、2019年5月10日に開催された「HRプレミアムフォーラム2019 vol.1」では、基調講演に、ベストセラー『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』(共著、ダイヤモンド社)を著した哲学者の岸見一郎氏を招聘。アドラー心理学から見る職場での人間関係の築き方、仕事における貢献とは何か、について詳しく解説していただきました。部下のマネジメントや育成、組織力強化などに活かせるのはもちろん、人生をより良く生きるヒントが満載となっています。

人からの評価と自分の価値はまったくの別物

本日のテーマが『嫌われる勇気~よりよい職場の人間関係の築き方~』ということで、主に3つのことについてお話します。1つ目は、人からどう思われようが気にしないということ、2つ目はありのままの自分を受け入れるということ、3つ目は今ここを生きるということです。ぜひ部下との接し方や組織マネジメントに活かしていただき、また、毎日を生きる上で何かしらのヒントをつかんでいただければと思っています。

では早速、1つ目の話題に入ります。まず強調したいのが、人からの評価と自分の価値はまったく別だということです。日常生活で「あなたはいい人ね、嫌な人ね」などと言われると、その日の気分が大きく左右されてしまうかもしれません。しかし、他者からの評価は、あくまでその人が下した評価に過ぎないのです。他人からどう言われようと、自分の価値は評価によって上がりもしなければ下がりもしません。このことをまずはしっかりと心に留めておいてください。

仕事の上では評価がつきものです。しかし、その評価ですら実はいい加減で、必ずしも正しいとは限りません。それどころか、誤りであることも多い。例えば、『嫌われる勇気』は2013年の出版から5年余りが経ち、200万部に達する勢いで売れていますが、初版は7,000部でした。

出版業界の状況を鑑みれば、初版の7,000部は多いほうで、ある程度の期待をしてくれたのはわかります。しかし、結果から考えるとあり得ないほど少ない数字でしょう。また、編集を担当した柿内芳文氏は、就職活動の時に19社の出版社に落とされ、20社目でようやく内定が出たそうです。その彼が、入社3年目でミリオンセラー『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(山田真哉著、光文社)の編集を手がけています。評価というのはそれほど当てにならないものなのです。

加えて、人からどう思われるかばかりを気にして主張を引っ込めていると、自分の人生を生きられなくなってしまいます。確かに、他人の意見に従い合わせていれば、波風は立たず、誰にも嫌われずにすむかもしれません。しかし、それは意思決定を他人に任せているのと同じ。うまくいかないことがあったら人のせいにしてしまいがちです。そういう場合、大抵は「本当はしたいことがあったが、反対されたのでやめた」などと言い出すのですが、ある意味で、それはずるい生き方ではないでしょうか。自らの意思表明は絶対にすべきです。

ありのままを受け入れる、「勇気」を持つ

『嫌われる勇気』の岸見一郎が教える、自己・他者との向き合い方とは
我々は人からどう思われようと、ありのままの自分を受け入れなくてはなりません。これが2つ目の話です。パソコンやスマートフォンであれば、気に入らなければ買い替えることもできますが、自分の場合は、どんなクセがあるものであっても、この先この私と付き合っていく必要があります。

私はカウンセリングをしている関係で「自分が好きか」という問いをよく投げかけます。カウンセリングに来る人で「好きだ」と答える人はまずいません。おそらく、カウンセリングとは無縁の人でも、「好きか嫌いかで言えば、どちらかというと嫌い」と答える人が多いと思います。自分を好きになるのはそれほど難しいことなのですが、ぜひありのままの自分を好きになり、受け入れてください。

人は、そうした心の持ちようになった時に仕事をする勇気と、対人関係に入っていく勇気を持てるようになります。「仕事をするのになぜ勇気がいるのか」と、お思いになったことでしょう。それは、先ほども少し触れましたが、仕事には必ず結果が伴うからです。中には、結果を出すのを恐れるがあまり、何もしない、したくないという人もいるはずです。「万が一、失敗をしたら周りからできない奴だと思われてしまう。そうなるのは嫌だ」という心理です。皆さんの周りにも、特に若手で同じような人がいるのではないでしょうか。

しかし、失敗をすることで多くの学びを得られ、そのことが自身の成長につながるのですから、失敗は避けて通れません。また、加えて言うならば、部下の成績の責任は、指導をしている上司の責任です。上司や指導者はそれほど重大な責務があるはずで、安易にあいつはダメだなどという言い方をしてはいけません。

対人関係の中に入っていく勇気は、分かりやすいでしょう。対人関係の中で、我々は嫌われたり憎まれたり裏切られたりを経験します。とても辛いことです。対人関係はあらゆる悩みの源泉と言っても過言ではありません。そのような人との摩擦を避け、出社を拒否する人が出てきてもおかしくはない。

私自身、精神科に勤めている時は、仕事そのものが嫌ということはほとんどありませんでしたが、上司や同僚との付き合いが辛いと思ったことがありました。一方で、幸せは対人関係の中でしか感じられないのも本当です。人との関係を通じて、幸せや喜びを感じられるようになってほしいと思っています。

叱ってはいけない、ほめてもいけない

『嫌われる勇気』の岸見一郎が教える、自己・他者との向き合い方とは
アドラー心理学では、仕事や対人関係を「課題」と呼び、その課題に立ち向かえる気持ちにさせることを「勇気づけ」と呼んでいます。勇気は自分に価値があると思える時に持てるものです。ところが、従前の教育は自分に価値があると思えなくさせてしまっています。従前の教育とは賞罰教育、つまり叱ることと褒めることです。ここにいる人で、一度も叱られたことはないという人はきっといないでしょう。しかし、叱ることは大きな問題をはらんでいます。最大の問題は、叱られた人は自分に価値があると思えなくなってしまうことです。

部下がある失敗をして叱られたとします。失敗をしたのだから、叱られるのも仕方がないとある意味で諦めもつくでしょう。しかし、叱る時に「お前は何をやってもダメだ、失敗ばかりしている」と人格攻撃までしてしまいがちです。上司は――咤激励のつもりかもしれませんが、人格攻撃をされて自分に価値があると思うことはまずありません。勇気づけにならないどころか、心理的な距離も離れてしまいます。上司は部下に教える立場です。時に厳しいことを言う必要もあるでしょう。しかし、心理的距離が離れている上司がいくら正論を言っても、もっと言えば、正論であればあるほど、部下は反発します。きっと皮肉や威嚇にしか聞こえないでしょう。このような関係がいいはずはありません。言葉をすっと受け入れられる関係を普段から作っておかねばならないのです。

上司は部下に問題があるから叱るのですが、そもそもその問題は部下の課題です。その課題に土足で踏み込むような真似をしては、反発を招くのは当たり前。我々は他人の課題は他人の課題だと、切り離して考える必要があります。ただし、上司と部下の関係で、例えば、成績が伸びないなどの問題は放ってはおけません。先ほども伝えたように、部下の成績の責任は上司が負うべきです。そのことを踏まえた上で、部下の課題を上司との共通の課題にするという手法を取ります。共通の課題にするという手続きを踏めば、踏み込むことも可能になってきます。

いずれにせよ、叱ることで上司が望むような結果を得ることは不可能だと思ってください。何よりの弊害は部下の創造性を摘み取ることです。叱られると、余計なことはしないでおこうと考えるようになります。上司に対し何も意見を言えなくなる関係は、あってはならないと私は考えます。

こういうと、ではほめるのはどうか、という話が必ず出てきます。今の世の中、ほめて育てるのが常識になっているところもあります。中には、ほめることを社是としている会社もあるほどです。しかし、私は敢えて“嫌われる勇気”を発揮して言いますが、ほめてはいけません。なぜかというと、ほめるというのは上下関係があって成り立つことだからです。ほめるほうは、ほめられるほうの必ず上にいるのです。十把一絡げにしてはいけませんが、男性は人との関係を勝ち負けで考えがちで、「マウンティングする」傾向もあります。会社ですと社内の役割はありますが、人間関係には上も下もありません。誰か一人でもほめる人がいれば、その人の築く対人関係は全て上下関係だと言えます。誰も対人関係の下に置かれたくはありません。だから、ほめてはいけないのです。

貢献感を感じた時に、自分に価値が感じられる

『嫌われる勇気』の岸見一郎が教える、自己・他者との向き合い方とは
叱ってはいけない、ほめてはいけない。では、どうすればいいのか。ありのままを受け入れる、すなわち勇気を持つためには、どんなことが必要なのか。具体的でかつ有効な方法が2つあります。1つは、「短所を長所に置き換える」です。例えば、飽きっぽいことを「決断力がある」などと言い表します。自分に向いてないとわかったことを「止める」と判断するのは一つの能力です。飽きっぽいのではなく「決断力がある」と思えると、自分に価値を感じます。もう一つは「ありがとう」を言うことです。ほめるのではなく、ありがとうと言う。この言葉をかければ、言われた人は「貢献感」を持てます。人は、誰かの役に立てている、すなわち貢献していると思えた時に、自分に価値を感じるのです。

「あいつにありがとうと思える瞬間などない」、という反論があるかもしれません。しかし、例えばこう考えたらいかがでしょうか。「今日、部下が出社してきた。本当は眠いのに布団から出て出社してきた。これはありがたいことだ」と。

ありがとうという言葉がたくさん出てくるようになると、職場の環境は必ず変わります。さらには、その人の可能性にまで注目してほしいと思います。今はまだ何も成し遂げてはいないが、いつか必ず何かを成し遂げるという目で、その人を見てください。昨今は目先の生産性ばかりが注目されていますが、もう少し余裕があってもいいのではないかと私は考えています。また、行為ではなく存在そのものに注目し、その場にいるだけで十分に価値があるということを知ってほしいです。

「今ここ」を大切にし、丁寧に生きる

『嫌われる勇気』の岸見一郎が教える、自己・他者との向き合い方とは
仕事を通じ、我々ができることは社会への貢献です。自分自身や会社のためだけに働いているなどと思うと、貢献感は持てません。仕事を通じ、他者に貢献していると感じることで、自分に価値を感じられるのです。バリバリ仕事をして、社会への貢献を果たしてください。ただし、我々はいずれ仕事ができなくなり、生産性がなくなりますが、価値がなくなるわけではない。繰り返しになりますが、そこにいるだけ、存在そのものに価値があり、「ありがとう」なのです。そうしたことを理解しておくべきだと思います。

最後に、今ここを生きる、ということをお伝えします。アドラー心理学の基礎の一つであるストア哲学では、「今ここ」を生きることが重要であると言っています。人生は連続する刹那です。過去も未来もありません。過去を悔いても未来を憂いても仕方がない。我々は今ここを生きるしかないのです。そう考え、一日を丁寧に生きていけばいい。目標を未来に置く必要はありません。「ありがとう」という言葉も、積極的に日常の中で口に出してみてはいかがでしょう。今日の話がよりよい毎日に向けてのきっかけとなれば幸いです。