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無印良品が世界でも勝てる理由 ~世界にグローバル・マーケットはない~

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 設立からわずか2年後の1991年に海外へ初出店をした無印良品は、その後11年も赤字が続き、戦略の転換を迫られました。2001年に社長に就任した松井忠三氏は、それまでの失敗を教訓に大掛かりな経営改革を断行。すると翌年には早くも黒字に転換させるなど、そこから一気に急成長を果たし、現在までに25の国と地域で300店舗以上を展開するまでになりました。果たして、グローバル化を成立させるための条件、そしてそのための人材教育とは何なのでしょうか。無印良品が世界でも勝てる理由を紐解きます。

海外展開と最初の挫折

 弊社は1989年に設立され、1991年には早くも海外初出店を果たしました。「海外で通用しないブランドは日本でも通用しない」という創業者の言葉は、我々の大きな信念として現在も大切にしています。まずは1991年7月に英国1号店となる『MUJI West Soho』をリバティ百貨店とのパートナシップによりオープン。さらに同年11月には、香港1号店となる『MUJI Ocean Centre』をウィオングループとの合弁でオープンさせました。当初はパートナーと一緒にやっていましたが、しばらくするとビジネスに対する考え方が違ってきてしまい、やがて破綻。現在これらの店舗はありません。ここで学んだ最大の失敗要因は、パートナーと一緒に展開するリスクです。同床異夢という言葉通り、同じベッドに入っていても考えが異なってしまっては、決してうまくはいかないでしょう。

さらなる苦境と戦略の転換

 海外展開を始めて7年目の時点で、ヨーロッパに5店舗、アジアには7店舗を出店していましたが、ブランドの浸透は相当難しい状況でした。さらに98年にはアジアが全面撤退に追い込まれることに。しかしそれでも積極的な姿勢は変えず、「これからヨーロッパで店舗数を10倍の50店舗にし、200億円を売り上げる」という大号令を出しました。そしてこれが見事に失敗していくことになるのです。出店した店舗がすべて赤字になり、私が2001年に社長に就任したときには、これら赤字店舗の閉店処理から行わなければなりませんでした。

 11年間続いた赤字は、2002年にようやく黒字化。2005年あたりからは店舗数も飛躍的に伸びていきました。では、一体どのようにして実現したのか。例えばロンドンの場合、オックスフォード・ストリートという銀座通りのような場所に出店したのですが、売上は5億以上あるにもかかわらず赤字から脱却できない。なぜなのか、いろいろ考えてみました。その原因は家賃にあったのです。当時の家賃は1坪当たり9万2000円で、家賃が売上の19%を占めていました。ロンドンは王室と貴族が土地と建物のほとんどを所有しています。つまり出てくる物件が非常に少ないため、家賃は毎年上がり続ける一方なのです。家賃はコントロールが難しい。そして不動産マーケットはそれぞれの国ごとに違う。この事実に、私は社長になってから気が付きました。

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