経営者の役割はイノベーションを起こし続けること

HRサミット・経営プロサミット2015のオープニングセッションに登壇したオリックス株式会社シニア・チェアマン 宮内 義彦氏。「経営に必要なイノベーション」をテーマにアベノミクスや雇用改革など対談形式にて貴重なお話をうかがった。

オリックス株式会社 シニア・チェアマン
宮内 義彦氏
1935年神戸市生まれ。58年関西学院大学商学部卒業。60年ワシントン大学経営学部大学院修士課程修了後、日綿實業(現双日)入社。64年オリエント・リース(現オリックス)入社。70年取締役、80年代表取締役社長・グループCEO、2000年代表取締役会長・グループCEO、03年取締役兼代表執行役会長・グループCEOを経て、14年シニア・チェアマン就任、現在に至る。これまで総合規制改革会議議長など数々の要職を歴任。現在、ドリームインキュベータ、ACCESSなどの取締役のほか、新日本フィルハーモニー交響楽団理事長などを兼務。著書に『明日を追う』(日本経済新聞社出版社)、『経営論』(東洋経済新報社)、『リースの知識』(日本経済新聞社出版社)、『グッドリスクをとりなさい!』(プレジデント社)など。

どんな社会環境でも、ビジネスの可能性は無限にある

――日本企業は人口減少、少子高齢化、グローバル化、IT化など、様々な環境の変化に対応していくことを求められています。この日本の現状をどのように捉えていらっしゃいますか?

私はそれほどネガティブには捉えていません。一企業の立場から見れば、そうしたマクロな社会・経済がどういう状況にあっても、広大な日本の市場には常に無限のフロンティア、ビジネスの可能性が存在するからです。「経済環境が悪いから業績が悪い」というのは経営者不在の論理であって、どんな環境でもできることは無限にあると思います。

――変化の時代は、新しいことに挑戦するチャンスでもあると言えるかもしれません

確かにそうです。ただし、日本はこの20年間、変化せずに経済を停滞させてきました。でもそれは、マクロ経済の話であって、企業が新しい挑戦をしていくことに直接影響を与えるわけではないと考えた方が経営にとってはプラスです。

アベノミクスの成果は金融緩和。着実な成長戦略の実現を

――安倍政権が推進している改革についてはどのように見ていますか?

一番の功績は第一の矢。圧倒的な金融緩和でデフレ基調の経済にポジティブなマインドの変化を生み出したことです。それまでデフレ状態を20年以上も放置してきたことで、日本に長期的な停滞状態が続いていました。安倍政権が「2%のインフレターゲット」という方向性を明確に打ち出したことで金融市場も反応し、インフレベースに転じていくという期待が高まり、株高になった。これをバブルと言う人もいますが、そこまで深読みしなくてもいいと私は思います。

それに対して第二の矢はあまり感心しません。国の財政が逼迫しているときに貴重なお金をばらまいていいわけがない。そもそも公共事業による景気刺激策というのはデフレ下の伝統的手法であり、今の時代にどれだけ効果があるか疑問です。

第三の矢と言われる成長戦略に至っては、話は出ているものの実体経済に影響を与えるレベルまで達していない。そもそも新しい事業分野を作り出すには長い時間がかかるものですが、そのための努力がこの2年でどれだけなされてきたか疑わしい。最初に芽生えた期待は次第に「大丈夫か?」という不安、疑念に変わりつつあり、海外では「第三の矢はない」との見方も出ています。勇気を持って進めていって欲しいと思います。

雇用改革が進まなければ、正社員と非正規社員の不公平が続く

経営者の役割はイノベーションを起こし続けること
――安倍政権が取り組んでいる雇用改革はホワイトカラーエグゼンプション、限定正社員、解雇規定、女性や外国人の活躍推進など様々なものがありますが、現状をどのように見られていますか?

実現が期待できるのはホワイトカラーエグゼンプションくらいで、あとはあまり進んでいません。最も重要なのは解雇規定の明確化ですが、これは今始まったことではなく、規制改革の中で私が10年前から言ってきたことです。しかし、抵抗が強くてなかなか進まない。

解雇規定を「解雇の自由化」、会社が自由に社員を解雇できるようにすることだと言う人たちがいますが、それは誤解・曲解です。解雇規定はこれまでの解雇できない状態を改めて、解雇できる条件を規定することであり、会社が自由に解雇できるようにするということではありません。

これまでの解雇できない状態の何が問題かというと、正社員という雇用形態が既得権化していることです。正社員は一度雇用されると、がんばらなくても定年まで解雇されることはありません。そのような中、戦力の不足を非正規社員で調整しているのが現状ですが、本来「同一労働同一賃金」であるべきです。

正社員はまともに働かなくても雇用は安泰で、非正規社員はいつ契約が終わるかわからない、これは明らかに不公平です。この不公平を解消するために、まともに働かない人の雇用を打ち切れるように、解雇条件をはっきりする必要がある。これが解雇規定の明確化です。

雇用改革には色々なメニューが出ていますが、きちんと働かない正社員を解雇できるような規定につながるものはありません。そこが一番問題だと思います。

私はかつて政府の規制改革に携わりましたが、事態を打開しようと懸命に努力したものの、思うような成果をあげることができませんでした。痛感したのは、民間人がいくら正論を叫んでも、政治家が動いて法律を変えてくれないことには何も動かないということです。政治家がこのままではまずいと本気で考え、行動しないかぎり、改革は進まないでしょう。

経営者の仕事はイノベーションを起こすこと。リストラやコストカットだけでは経営と言えない

経営者の役割はイノベーションを起こし続けること
――日本のリース業を開拓してこられた経験から、未踏の地で新たな事業を開拓する上で経営者に必要なことは何だとお考えですか?

経営者の役割とはイノベーション、新しいものを作ることだと思います。これまでと同じことをずっと続けているのではなく、イノベーティブに考え行動し、新しいことにトライして世に問う。ただそれを遂行していくことではないでしょうか。

――日本の大企業の経営者はイノベーティブなことが苦手だと言われていますが、どうすればイノベーティブな経営ができるのでしょうか?

業界や企業の位置づけ、事業の中身によって経営はまったく違いますから一概には言えません。ただ、過去20年間、業績の低迷を環境のせいにしてイノベーションを怠り、リストラやコストカットしかやってこなかったとしたら、それは経営とは言えません。

――昨年出されたご著書『”明日”を追う』で、確たる長期ビジョンがあったわけではなく、目の前の課題とひたすら格闘することを続けてきたといった意味のことを書かれていますが、それでも新業態を作り出し、ユニークな会社を作り上げてこられました。それを可能にしたものは何でしょうか?

オリックスが特にユニークなわけではなく、常に新しいことに挑戦するのが会社というものだと思います。新しいことをやらなければ会社は停滞します。停滞させないためには何かやらなければならない。

だからといってでたらめにやってもだめなわけで、持てる経営資源を十分に駆使してトライするわけです。リスクは常に存在しますが、リスクをとらない経営はありえません。

オリックスもたくさんのチャレンジをして、うまくいったこともあれば、うまくいかなかったこともあります。失敗したらうやむやにせず、対応策を考える。知恵を絞って考え、行動し、結果から学ぶ。それだけです。

コーポレートガバナンスの強化には、制度整備のみならず経営者の意識改革が必要

経営者の役割はイノベーションを起こし続けること
――日本の経営者の中に優れた人はいますか?

たくさんいます。しかし、日本の企業全体をとらえると、たとえばROEの平均値は欧米の半分以下。数字だけ見ると残念な状態です。

――日本の企業統治はどうしても内向きの論理で動いていて、外の監視が利きにくいという声があります。いまのガバナンス方法に問題があるのでしょうか?

たしかにそれも原因のひとつです。コーポレートガバナンスが問題になってきたのはいいことですし、もしかしたら改善することで大きな効果が生まれるかもしれません。ガバナンスを整備するだけで企業が大きく変わるとしたら、たいしたものですが、変わらないとしたらそれは経営者の問題。ガバナンスだけ整備してもダメだと思います。

――委員会設置会社と監査役設置会社の中間的な監査等委員会設置会社というのも出てきています。

今の監査役設置会社よりはいいでしょうが、大切なのはガバナンスのかたちを作ることよりも、経営者の意識が変われるかどうかです。鞭を入れないと走らない馬ではなく、鞭なしでも走る馬でなければ、まともな経営者・経営陣とは言えません。

一方で、ガバナンスが機能するためには、監査する側もマーケットの代弁者であるという意識をしっかり持って、はっきりものを言う必要があります。 そもそも、まともな利益を生もうとしない企業の株を持ち続ける株主はいません。必死にがんばって経営している会社だから株を持ち続けるし、そうでなければ売ってしまう、これが資本主義経済。社外取締役はそういう投資家の代弁者として企業経営を監督する必要があると思います。

経営者のレベルを上げなければ日本企業は世界で勝てない

経営者の役割はイノベーションを起こし続けること
――宮内さんは45歳で経営者になりましたが、若かったからできたこと、あるいは若かったことで苦労したことはありますか?

年齢というのはあまり関係ないと思います。若い方がいいなら後継者選びも簡単ですが、若くて優秀な経営者もいれば、高齢でもウォーレン・バフェットのように世界的な影響力を持つ経営者もいます。

重要なのは何歳で経営者になるかといったことではなく、それまでにどんな訓練を受けてきたか、どんな心構えで仕事をしてきたかだと思います。心構えとして最も大切なのはオーナーシップ、自分の会社のために何をすべきか主体的に考え行動する姿勢です。大手企業で優秀な人がどんなにエリートコースを歩んでも、受け身の姿勢で仕事をしていては、いつまでたっても経営者に必要な能力は育ちません。

オーナーシップというのは会社から言われて身につくものではなく、自分で何かを創り出したいという本人の意識、姿勢です。「仕事とは自分が社会人として生きた証を残すことである」という意識さえあれば、どんな部署でもできることはある。その積み重ねが経営者としての訓練になるわけです。それに対して、どんな大企業の花形の部署でも、言われた通りに仕事をこなしているだけでは、経営者としての訓練はできない。まともな経営者になれるかどうかは、ひとえにその違いだと思います。

――アメリカでは常に多くの起業家が生まれ、新しい経済の勢いを生み出していますが、日本でも若い起業家が増えていくためには何が必要でしょうか?

アメリカではMBAの起業家コースのようなところで2~3年勉強してから起業しますが、日本の若い起業家は意気込みがあっても経営の勉強をしていないので、それを実現していくための知識やノウハウが欠けています。ベンチャーを支援するベンチャーキャピタルが脆弱であるといった問題もありますが、この学力の差も起業の成功率を下げている大きな要因ではないでしょうか。

これまで日本の企業は終身雇用で、人材は職場で育ててきましたが、それは高度経済成長期の工業化社会のやり方です。これからの知識集約型社会で必要とされる高度な知識や知性、人間性を企業内だけで育てるのは難しい。日本でもビジネススクールをもっと作って、こうした人材を育成する必要があるでしょう。

――最近は社会人大学院がいくつも設立されていますが、その多くは学生が集まらなくて苦労しています。企業からの派遣も、個人参加も増えていない。

もっと危機感を持つ必要がありますね。このままでは日本の企業は世界との競争に負けてしまうでしょう。世界では長く学校で学んで遅く社会に出る人ほど成功しています。中国などもアメリカの大学院で大量の人材が学んでいる。日本はあきらかに世界の趨勢から遅れています。

私は大学改革にも取り組んできましたが、規制改革とよく似ていてほとんど何も変えることはできませんでした。日本の大学は学生のためではなく先生のための大学と言われたりします。先生の地位は既得権化していて、社会に価値をもたらすような成果を生み出さなくても地位を失うことはない。そんな大学では学生はまともに勉強しない。アメリカなどは大学からしっかり勉強して、さらに大学院まで行きますから、その差はものすごいことになる。

――最近では海外に留学する人たちも減っています。日本の居心地がいいのであえて出て行こうとしない。

その結果、この20年間じわじわと日本の経済力は沈下してきたわけです。1人当たりの所得はかつて世界で2~3位だったのが、今では20位ぐらい。シンガポールの3分の2程度です。アジアのナンバーワンだったのは遠い過去のことです。

経営者の成長に近道なし。ひたすら専門知識と人間性を磨くこと

――世界と戦える経営者が出てこないと日本は危ないわけですが、宮内さんには一皮むけて成長するきっかけになった体験はありますか?

特に劇的な体験というのはないですね。大切なのは日々の積み重ねだと思います。たとえばイチローは突然すごい選手になったわけではなく、地道な努力を積み重ねることで成長した。彼のすごいところは20何年間怪我をしていないことです。そのためにストレッチなどを人一倍やってきた。そういう積み重ねが大きな違いになって表れるのだと思います。

――最後にこれから経営者をめざす人に必要なことを教えてください。

経営者に必要なのは高い専門知識と人を牽引する人間性です。専門知識は学校や本、仕事を通じて学ぶことができますが、人間性はそれとは別の人生勉強が必要です。「この人は自分より深い人生観を持っている」「この人についていけば間違いない」と人に思わせる人間的な魅力を磨かなければならない。

言葉を換えて言えば、プロフェッショナルであることと、リーダーシップを持つということですが、経営者セミナーなどにありがちな「リーダーシップ論」を学ぶだけで身につくものではなく、仕事も含めた人生のすべてで人間を深める方向へまじめに努力を積み重ねることが大切だと思います。