経営改革と組織変革をつなぐもの ~経営と人事の対話のあり方~

経営プロフォーラム2015講演レポート。「経営改革と組織変革をつなぐもの ~経営と人事の対話のあり方~」をテーマに元P&G米国本社組織変革・HR担当ヴァイスプレジデント / AIDA LLC代表 会田 秀和 氏による講演の模様をお届けする。

元P&G米国本社組織変革・HR担当ヴァイスプレジデント / AIDA LLC代表
会田 秀和 氏
プリガム・ヤング大学マリオットスクールオブビジネスで組織行動学修士を取得後、オハイオ州シンシナティ市にあるP&G 本社に入社。同社において、人事および組織デザインの社内プロフェッショナルとして、P&G フィリピンの改革、P&G ジャパンとP&G コリアのグローバル化、P&G グレーターチャイナの改革などを手がける。現在、AIDA LLC(Aida Consulting LLC)代表として経営戦略、組織デザイン、戦略的人材マネジメントに関するコンサルティングを行っている。他にアストラゼネカ株式会社の社外取締役、ビジネス・ブレークスルー大学大学院客員教授(組織行動学)。著書に『P&G 流 世界のどこでも通用する人材の条件』がある。

経営幹部は人事に何を求めているのか

 私が勤めていたP&Gでは、人事の新しい使命を理解することを目的に、1998年に100名の経営幹部を対象に、「人事に何を求めるか」人事の役割に関する意識調査をしました。結果は次の通りです。①役割が不明確、②積極的にビジネスに参画する必要がある、③戦略的な部門になるべき、④積極的に新しい組織モデルと変革をリードする、⑤より効率的に人事サービスを提供する、⑥プロセスやポリシーよりも人材・組織・文化に集中する。
 それらを踏まえて人事の役割は、次のように変わっていくべきでしょう。

 「現状維持」→「変革主導」
 「防御的」→「攻撃的」
 「管理」→「開発」
 「オペレーション」→「戦略的」
 「人事職人」→「経営のパートナー」

 さらに調査の結果、100名の経営幹部が求めたのは、「勝つための組織の能力を開発すること」でした。具体的には「成功するために必要とする総合的なスキル、プロセス、知識、技術」、「保有するリソースの潜在能力の実現」、「長期にわたり蓄積された能力」、「個人ではなく組織化された能力」、「競争力を高め勝つために意図して作り上げる能力」などです。
 それらを踏まえてP&Gでは、次の5つの「新しい人事の使命と役割」を作りました。

1.高業績に必要な「組織能力」を構築する
2.戦略実現に必要な「組織文化」の形成と管理をリードする
3.画期的な成果を出すために必要な「強靭な組織作り」に貢献する
4.従業員の貢献を最大化する「人事制度、仕組み、方針」を打ち立てる
5.効率的な「人事サービスを提供」する

デイブ・ウルリッチ氏が定義したHRの新しい役割

経営改革と組織変革をつなぐもの ~経営と人事の対話のあり方~
 P&Gでは人事変革にあたり世界的に著名な人事コンサルタントであるデイブ・ウルリッチ ミシガン大学ロス・ビジネススクール教授のコンサルティングを受けました。ウルリッチ教授が定義したHRの新しい役割に基づいて変革を進めました。
 従来の人事は、人事のサービスの提供と、従業員の擁護が主な役割でした。しかしこれからの人事は、「ビジネスパートナーになること」と「変革推進者になること」が求められます。「ビジネスパートナーになる」には、従業員の話す言葉(利益、売上、コストなど)を理解しなければなりません。つまり第一にビジネスマンになる必要があります。一方の「変革推進者になること」とは、会社が強くなるために変革を推進することです。これらをやらなければこれからの時代、HRは化石化してしまうでしょう。

バランスの取れた人事の貢献

経営改革と組織変革をつなぐもの ~経営と人事の対話のあり方~
 HRは会社と社員それぞれに対して貢献しなければなりません。まず会社にはどんな価値を提供すればよいのか。それはコスト削減、生産性の向上、組織の効率化、タレント確保と育成、戦略的能力の構築、良好な労使関係などです。一方、社員にはどんな価値を提供すればよいのか。それは競争力のある賃金、働き甲斐のある職場、人間成長の機会、充実したキャリア、仕事と生活のバランス、職場での健全な人間関係などです。

トップと人事の会話とは? ラグビー日本代表から学ぶ

 ラグビーワールドカップで日本代表は3勝1敗という好成績を残しました。この成功は選手の力はもちろん、監督のエディ・ジョーンズの存在も大きいです。ではこの名監督とコーチ陣の間でどんな会話がされていたのでしょうか。

◆日本式ラグビーの実現=勝利の会話
1.80分フルに戦えるスタミナ(練習量が他のチームの3倍)
2.ファンダメンタルの強化と規律によるペナルティの減少
3.正確なキックによる得点(85%確立)
4.低い位置からのタックルで大きな相手を倒す
5.素早いパス回しによる早い攻撃
6.外国人の投入
7.過酷な練習による強い精神力
8.強靭なスクラム

 勝つために戦略を立てる。それが会話です。なぜ私たちはこれを会社でやらないのか。勝つための戦略と戦略実行に必要な組織能力開発=変革なのです。

P&Gの実例

経営改革と組織変革をつなぐもの ~経営と人事の対話のあり方~
P&Gの実例 ~私と上司との会話~
 ここからは私の実例をお話します。私の上司であったダイスラー氏は、P&GのNo.2にまで登りつめた人物です。私は彼と日本で3年ほど一緒に仕事をしました。では私は彼とどんな会話をしたか。まず会社とは、必ず「始まり」→「成長」→「成熟」→「衰退」というサイクル(シグモイド現象)で回っています。よって戦略は永遠ではない。常に戦略を見直して、その都度新しく作っていかなくてはなりません。そして「衰退」したときに、なぜ衰退したのか、その理由を理解・分析する必要があります。現状のビジネスを分析し、組織を診断する。なぜ我々の会社が負けたのかを会話する。このときに会話した具体的なP&G日本の課題と問題は、「陳腐化された戦略」、「新商品開発と導入能力の欠如」、「低い利益率」、「戦略能力の欠如」、「非効率的、非生産的な組織文化」、「戦略に合わない古い人事制度」など。そこで私たちは以下の日本事業戦略と、P&G全体の人事戦略を立てました。

P&Gの実例 ~日本事業戦略~
1.絶え間ない高質の新商品導入(Innovation)
2.卓越した実践力
3.消費者への競争力のある価値の提供
4.コスト削減
5.戦略的な顧客と共に成長し勝利する
6.戦略実践に必要な組織と能力の構築

P&Gの実例 ~Our Vision~
 P&Gにとって10年後の成功とは何か。それをどのようにして計るか。そのものさしの一つとして、「売上の成長と利益率で一番になる」、「素晴らしいイノベーションを生み出し、またなくてはならないブランドを生み出すために、消費者・ユーザー・顧客のニーズを誰よりも深く理解する」、「生産性で一番になる」、「満足したそして満たされた社員」というビジョンを立てました。

P&Gの実例 ~会社全体の人事戦略(3~5年)~
1.イノベーションと卓越した実践の文化を創造する
2.新製品同時導入に必要な実践能力を育成する
3.コストの削減と生産性の向上に貢献する
4.実践力向上のため部門の専門能力を画期的に育成する
5.柔軟性のある変化できる組織作りをリードする
6.次世代のリーダーを育成するシステムを構築する
経営改革と組織変革をつなぐもの ~経営と人事の対話のあり方~
P&Gの実例 ~生産性向上のために~
 私たちはまず、生産性の向上のために、31%の人員削減(2166人)、57%の海外駐在員削減、50%の一般事務職の削減、31%の売上成長…を実践しました。また4つの梃入れとして、業務の簡素化・標準化、業務の集約化、業務の外部委託、専門能力向上…を実施。これらにより74%の生産性の向上を実現しました。
 なかでも専門能力を向上させることにより、生産性の向上だけでなく、イノベーションを起こすことにも繋がりました。イノベーションは専門性のないところには起こりません。

P&Gの実例 ~コスト削減のために~
 コスト削減のためには、成果主義に反する諸手当制度の廃止、買収会社の福利厚生制度のP&G化・統一化、新商品開発と導入に必要な活動への利益の配分…を実施。また5つの梃入れとして、社宅制度の廃止、人員削減(総合一般職・事務職)、海外駐在員削減、人事制度・福利厚生の抜本的見直し、新しい業務方法の提供を行いました。
 その結果、HRとしてどのような貢献ができたかというと、セーブできた部分が31.2億ドル、さらにNPVが87.3億ドルという数字です。それくらい私たちの会社には不必要な脂肪がたくさんあったというわけです。そして私たちはコスト削減したものを、戦略的な価格設定と新商品の導入に当てました。コストを削り、それをビジネスに反映させることをしないと、熾烈な競争に勝つことはできません。HRもそれに貢献する必要があります。

P&Gの実例 ~戦略的能力の育成のために~
 イノベーションを起こす戦略的能力の育成に向けては、部門別専門能力の育成、戦略的能力育成(特にDesign、Marketing、Go to Market)、将来のリーダーの育成、グローバルスキルの育成…を実施。また6つの梃入れとして、部門別教育制度、部門別キャリア制度、階層別マネジメント教育、Japan Leadership College、Top Talent制度、英語昇格対象・ビジネス用語などを導入しました。
 特に英語昇格対象は、当初大きな反対に遭いました。ある一定レベルの英語力がないと、課長や部長にはなれない。なぜ私はそれをやったのか。英語力が戦略的な能力だからです。私たちは世界各国でイノベーションを起こしていかなくてはなりません。そのためには、英語力が不可欠。ですから英語ができない人間は昇格できないということです。

P&Gの実例 ~Top Talent制度~
 入社一年後から将来のリーダーを選出します。しかもトップ10%の中から選出(女性は30%)。選考基準は、リーダーシップ力、問題解決力、英語力、専門能力です。チャレンジングな業務への配置や、メンター・経営幹部のアテンションなど、差別化された育成とキャリア管理を行い、海外で活躍できるグローバルリーダーを育成します。

トップと人事の会話とは何か?

経営改革と組織変革をつなぐもの ~経営と人事の対話のあり方~
 何を達成するのか、どこで戦うのか、どう勝利するのか、どんな能力が必要か――など戦略を話し合い、次に、どんな組織が必要か、どんな知識と専門性が必要か、どんな人事制度が必要か――など組織・組織能力を話し合います。さらに戦略的文化は何か、いかに文化を変革するか、社員にはどんな行動が必要か、リーダーシップの役割は何か――など文化・風土を話し合います。そして最後に成果について話し合う必要があります。
 国際競争力26位、生産性OECD34カ国中20位、エンゲージメント係数は先進8カ国中最下位、働き甲斐係数も26カ国中最下位…これが日本の現状です。私たちは一日も早く、これらの状況から脱皮して、世界の競争に勝てる組織を構築しなければなりません。そのためには日本特有の人事制度・組織運営を見直す必要があります。ぜひ皆さんには、そうした会話を危機感を持って積極的に進めていただきたいと思います。それが私が皆さんに一番お伝えしたいことです。