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渋沢栄一の「士魂商才」 ビジネスリーダーなら知っておきたい「日本資本主義の父」の肖像

第22話:商法会所を開設し、頭取となる

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ヨーロッパ滞在中の倹約策が功を奏する

その出資者と額面は左のようであった。

静岡藩庁 1万6,628両余
別に金札 38万5,951両余(正金に換算して25万9,463両余)
士民より 1万4,795両余
別に金札 3,830両
総資本  29万4,717両余
(幸田露伴『渋沢栄一伝』)

特に注目したいのは、静岡藩庁の出資した「1万6,628両余」の1/3――約5,542両は、栄一がヨーロッパ滞在中に倹約して貯え、持ち帰って藩庁へわたしたものだったことである。公金をまったく私(わたくし)しようとしなかった栄一の誠意に静岡藩庁がよく応え、栄一からもどされた金を栄一提案の商法会所の設立資金の1部として提供した形であった。栄一はいう。

「地方の重立った商人13名に用達(ようたし)を命じ、あたかも銀行と商業とを混淆したような物が出来ました。(略)全体の取締りは勘定頭の任として、自分は頭取(とうどり)という名を以てその各部の掛員(かかりいん)として、これに用達幾名かを付属して業務を執ることになった」(『雨夜譚』)

栄一は陰の出資者であり、かつ半官半民のこの会所の「民」を代表する立場になったのだ。

静岡藩にとって「福の神」となった渋沢栄一

頭取としての栄一が最初に直面したのは、出資者と額面一覧の中に示したように金札を正金(金銀の貨幣)に両替すると価値がたちまち下落するとことであった。

金札使用開始日の慶応4年3月15日は彰義隊の消滅した日だが、奥羽越列藩同盟は結成されたばかりで戊辰戦争の結果はまだどう転ぶか見当もつかない状況であった。すなわち新政府の基盤は弱体である、しかも金札は不換紙幣なのだから、この傾向は当然の結果であった。
使用開始の直後の時点でも、正金100両は対して金札なら112両ないし150両という相場(由利正道編『子爵由利正道伝』)。一次は金札100両を正金40両とする相場にさえなったほどで、これを政府は両替店が多額の打歩(うちぶ/両替え)を取るためとみなし、6月2十日には打歩引換禁止令を出した(『維新史』第5巻)

それでもさほど効果があがらなかったので、12月4日、政府は金札の時価通用を許し,公納に用いる場合は「金札120両を正金100両」の相場とした。それでも金札の価値は下がりつづけたことは、先に引いた『渋沢栄一伝』に明治2年初め、金札38万5,951両余が正金25万9,463両余だった、とあることからもあきらかである(金札の勝ちは額面の67.1%)。対して栄一は、こう考えた。

「将来を予想して見るに、ついにはこの紙幣流通のため諸物価はかえって騰貴を示すに相違ないから、今の内に早くこの紙幣を正金に好感して物品を買入れて置く方が利益は多かろう」(『雨夜譚』)

そこで栄一は、掛員、用達の商人たちと協議して東京では肥料、大阪では米穀を買い入れた。みずからは明治2年に金札を以って東京へ出、〆粕(しめかす)、干鰯(ほしか)、油粕、糠(ぬか)などを買い入れ、ついでに故郷から妻を呼び寄せて3月中旬に静岡へ帰ってきた。
 栄一の予想はみごとに当たった。

肥料も米穀も次第に値段が騰貴したので、米穀は利益があると見れば、時々これを売却、肥料は領内の村々へ貸しつけて応分の利益を収めるという運用法は確定。それを見て預け金(資本参加)する士民もおいおい増加し、栄一は商法会所によって静岡藩に利益をもたらすことに成功したのである。

露伴によると、明治2年1月に発足した商法会所は同年8月末までの間に、総資本29万4,717両余によって8万5,651両余の利益をあげていた。静岡藩の士民には、栄一を福の神のように感じた人も少なくなかったのではあるまいか。

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プロフィール

作家 中村 彰彦

作家 中村 彰彦

1949年栃木県生まれ。作家。東北大学文学部卒。在学中に「風船ガムの海」で第34回文學界新人賞佳作入選。卒業後1973~91年文藝春秋に編集者として勤務。1987年『明治新選組』で第10回エンタテインメント小説大賞を受賞。1991年より執筆活動に専念し、93年、『五左衛門坂の敵討』で第1回中山義秀文学賞を、94年、『二つの山河』で第111回(同年上半期)直木賞を、2005年に『落花は枝に還らずとも』で第24回新田次郎文学賞を、また2015年には第4回歴史時代作家クラブ賞実績功労賞を受賞する。近著に『幕末維新改メ』(晶文社)など。史実第一主義を貫く歴史作家。

ホームページ:中村彰彦公式サイト

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