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渋沢栄一の「士魂商才」 ビジネスリーダーなら知っておきたい「日本資本主義の父」の肖像

第17話:フランスという名の「大学」体験【前編】

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幕府の悲願「散兵戦術」を目の当たりにする

7日には、陸軍の三兵調練を見学した。三兵とは前兵、砲兵、騎兵のこと。これら3種の兵力が自由に隊列を崩して敵に当たる戦術は、「散兵戦術」といわれ、アメリカの独立戦争の際、イギリスと戦ったアメリカ兵が兵力の少なさを克服するために考案した。この戦術がナポレオンの採用するところとなって「ナポレオン流の散兵戦術」と呼ばれるようになると、その戦術書はオランダ語にも訳され、あるものは長崎へ運ばれて日本人蘭学者の手に渡った。こうして村田六蔵こと大村益次郎が散兵戦術を実戦に応用するに至り、幕府軍を撃破したのが「第2次長州征討戦(四境戦争)」であった、という流れである。

この大敗に衝撃を受けた幕府は、散兵戦術の習得を決定。フランス教官派遣を依頼した結果、この慶応3年1月中に同国の清国分遣隊参謀長シャノアン参謀大尉以下のフランス軍事顧問団が来日。同年6月から翌年1月まで、幕府陸軍の一部に散兵戦術を教え込んだ。

栄一たちがフランスをめざすのと入れ違いに来日したフランスの軍人たちも存在したわけだが、栄一たちも第2次長州征討戦のショッキングな結果はよく知っていた。それだけに、本場の散兵戦術の調練を視察するのにも力が入ったことであろう。

ちなみに、慶応4年(1868、9月8日明治元年)1月3日開始の鳥羽伏見の戦い以降の一連の戊辰戦争には、旧幕府陸軍のうちから「伝習歩兵隊」「伝習士官隊」などと呼ばれる部隊が参戦した。この「伝習」とは、フランス軍事顧問団から散兵戦術を教えられた、という意味である。

栄一自身も一橋家の兵力増強のため農兵を募ったことがあり(第7話)、今回の任務のひとつも「陸軍附調役」であったから、かなり熱心に調練を見たようである。中でも栄一はかつて出陣して軍功を立てた者が下馬した総督から大きな声で厚労を伝えられ、勲章を胸に飾られる光景に感心してこう書いている。

「勲章はたびたび功あればそのつど受章させて胸に飾らせる。故にフランス人は老幼男女に至るまでこれを見て有功の人なるを知りてあがめ貴ぶといへり。誠に士を賞する所明(あきら)かにして功を励ますこと公なり。故に士卒に至るまで軍に赴き、身命を軽んじ、立功(りっこう)を重要とす。国のために死をいとはざる所以(ゆえん)、これを見てその素(もと)あるを知る」

栄一も一橋家に456、7人の農兵を集めた際に白銀5枚、時服ひと重ねの褒美を受けたことがあった。日本の武家社会の褒賞とはそういうもので、功ある者の姓名を外部にむかって発表したり、表彰式をおこなったり、勲章を与えたりする習慣はない。それは国民皆兵、すなわち国民のすべてが兵役に服する義務がある、との制度が生まれていないことにも原因があった。

幕府でも諸藩の軍でも、有事の際の命令系統は将軍ないし藩主がトップ、その下に直臣(じきしん)たちが将校として横並びになるが、直臣たちは「お目見え以上」と「お目見え以下」にわかれるから、トップと直接対話できない者もいる。その直臣たち家臣団、すなわち陪臣たちこそ兵士として船上の前線に姿をあらわす者たちだが、陪臣たちはあるじたる直臣に忠義を尽くすことを求められた存在でしかないから、トップである将軍や藩主のために死んでも戦おう、とは考えない。

余談ながら、昭和49年(1974)3月9日、それまでフィリピンのルバング島に潜伏しつづけていた小野田寛郎・予備陸軍少尉が、それまで一切呼び掛けに応じなかったにもかかわらず、かつて上官だった谷口義美・元陸軍大佐が出てくるよう命じると、これに従ってフィリピン軍に投降する、というセンセーショナルな出来事が起こった。これは、日本の武士や兵士の忠誠心はトップではなく直属の上官に捧げられる、という武士道の特徴をよく示した逸話であった。

栄一もこういった武士道の感覚を身につけていたからこそ、国のために死ぬ覚悟のできている兵士たち、その兵士の武功を高く評価する制度の双方に感動を覚えたのだ。はしなくも栄一は、近代国家にとって軍隊はどうあるべきか、という問題の答えまで教えられた形になった。

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プロフィール

作家 中村 彰彦

作家 中村 彰彦

1949年栃木県生まれ。作家。東北大学文学部卒。在学中に「風船ガムの海」で第34回文學界新人賞佳作入選。卒業後1973~91年文藝春秋に編集者として勤務。1987年『明治新選組』で第10回エンタテインメント小説大賞を受賞。1991年より執筆活動に専念し、93年、『五左衛門坂の敵討』で第1回中山義秀文学賞を、94年、『二つの山河』で第111回(同年上半期)直木賞を、2005年に『落花は枝に還らずとも』で第24回新田次郎文学賞を、また2015年には第4回歴史時代作家クラブ賞実績功労賞を受賞する。近著に『幕末維新改メ』(晶文社)など。史実第一主義を貫く歴史作家。

ホームページ:中村彰彦公式サイト

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