異文化問題はコミュニケーションの根幹

この連載コラムではこれまで3回にわたって、文化的基盤がもたらす価値観の相違がビジネスに与える影響について述べてきた。考察の対象としてきたのは、主として、国同士の文化的相違だった。今回はさらに一歩進めて、企業におけるクロスカルチャーの問題を、より広い文脈で考えてみたい。

この連載コラムではこれまで3回にわたって、文化的基盤がもたらす価値観の相違がビジネスに与える影響について述べてきた。考察の対象としてきたのは、主として、国同士の文化的相違だった。今回はさらに一歩進めて、企業におけるクロスカルチャーの問題を、より広い文脈で考えてみたい。

初回では、人材の流入の大規模化に関連し、様々な国籍を持つ人たちが同じチームで働く機会が、日本企業において増えていることを指摘した。この傾向は海外からの人材流入に限らない。日本人自身の持つ価値観が多様化してきていることにも目を向ける必要がある。

かつての日本企業では一定の学歴・専攻を持つ新入社員を同じ時期に採用し、その後の教育研修、配属、異動、昇進などについても、標準的なコースが規定されていた。これを「本流」として、それ以外のコースは補完的な役割を担う「傍流」であると位置づけられていた。

しかし今日の日本企業では、この様なキャリア形成上の「メインストリーム(本流)」を定義することは、どんどん困難になってきている。中途採用での入社が増え、10月入社の新入社員や第二新卒が増え、さらには総合職と一般職を区別する意味が薄れ、果ては正規雇用と非正規雇用の境界まで不明確になってきた。一元的な本流傍流のモデルは、うまく機能しない。

これは社員の意識と行動を見ても同じことが言える。今や、残業や休日出勤や転勤をしたくないとはっきりと口にする社員は少なくない。かつてこのような考え方や行動は「本流からの脱落」を意味したが、今日では、社員は自分の価値観と状況に基づいて応募先企業を決め、望まない社内の異動内示を受ければ転職を考える。それらの選択が本流であるか傍流であるかは、価値判断において中心的基準ではない。

すなわち、企業が規範を提示してその下に社員を採用し、配置し、処遇し、育成する、という図式は、成立しなくなってきており、また同時に、個人の価値観は多様化している。この2つは紙の両面である。

このような多様化が進む状況の例として、世代や性別による差異が挙げられる。会社へのコミットメントの度合いが年代によって異なることを、どう人事施策に反映したらよいか、苦慮している企業が多いのではないだろうか?また、女性の活躍できる職場を実現するために、彼女たちの求めるものを把握したいと考える企業が多いのではないだろうか?どちらも、各グループの持つ文化的特性という観点から考えることができる。すなわちこれは、クロスカルチャーの問題なのだ。クロスカルチャーは、コミュニケーションの根幹をなす。今日の日本においては、「国際的な企業環境にないからクロスカルチャーに縁がない」、とはどの企業も言えなくなっている。

誤解を避けるために2点補足しておきたい。まず、なぜ世代間相違と女性活躍に注目するかというと、例えば出身地域による文化的差異などに比べて、これらの要素は、今日的な経営課題に直結しているからである。もう1点だが、ある世代の社員がみな同じ価値観を共有しているとか、女性が自分の働く企業に求めるものがみな同じであると考えることはできないのは言うまでもない。多様化と言いながら、実はステレオタイプ化した理解をあてはめることは、排除を生む。これは、今日の企業に求められる文化的受容力・包容力とは相いれない。しかし、「カルチャー・マップ」に関連して述べた通り、ある国の人がみな同じ行動様式を持つわけではないものの、分布曲線の中央値の形で一般的傾向を説明することができるのと同様に、おのおののグループの持つ文化的特性を把握することは可能である。

ここまで述べてきた広義のクロスカルチャーの観点から文化的差異への対応を考える際にも、第3回で説明した「認識化-行動化」のプロセスが有効である。まず、文化的差異を認識し、その理解の上に立って、差異を乗り越えて成果を生み出すための行動を決定する。このとき必ず、国の間の文化的差異の場合と同じく、差異や行動を言葉でわかりやすく表現する「ローコンテクスト化」のプロセスを取ることになる。言葉に表現されない含意や不文律などに重きを置く「ハイコンテクスト社会」である日本企業にとって、これは大きなチャレンジである。

「認識化-行動化」のプロセスとしては、グラウンド・ルールの制定やワークショップが有効だ。ただし、ここでは個人の差異もまた大きく関わってくることを考えると、個別コミュニケーションの円滑化もまた欠かせない。その点では、一対一でメンターとメンティーが向かい合うメンター制度は有効な手段になる。

次回のコラムでは、メンター制度を、企業内での文化的差異を乗り越えるひとつの手立てとしてとらえる。