女性だけでなく、全ての人材が活躍する職場にするために

ここまでお読みいただけた方には、この「女性の意識が低い問題」は、女性個人の人格的な問題ではなく、職場環境という経営課題であるということがお分かりいただけたのではないでしょうか。しかし逆に言えば、経営課題である以上は経営努力で解決できる問題でもあります。そこで最終回では、どんな職場環境を作ればこの女性の離職やぶら下がりという問題を回避できるのかについて説明します。

ポイントは、成長機会を奪わずに子育てと両立できる環境をつくること

成人の能力開発の70%は、経験によってつくられると言われています 。そのため人材を育成するには、良質な経験を積ませること、とくに既存の知識や経験が通用しないタフな環境での経験を与えることが重要となります。管理職の育成も同様で、マネジャーが成長するためには「変革への参加経験」「部門の連携経験」「部下の育成経験」といった業務経験をすることで必要な能力を獲得していきますが、こうした成長に必要な経験に恵まれるかどうかを決定する最大の要因は「過去の経験」であり、加えて「本人の目標志向性」「上司からの支援」であると言われています 。つまり管理職としての能力を獲得するために必要な業務経験を重ねることができるかどうかは、過去にどんな経験をしてきたか、どのような目標設定をしているかに大きく依存し、さらに上司から支援をしてもらうことが重要なのです。

 ところが、多くの女性従業員は、出産後に復職する際に短時間勤務制度(時短制度)を利用します。これは3歳に満たない子を養育する労働者を対象に短時間勤務を認めるもので、子どもが1歳の正規雇用継続者の3割が利用していると言われています 。しかし時短制度の利用者が増えているにも拘わらず、時短制度利用者とフルタイム勤務者との業務配分と評価、どのように業務のフォローをするのか、労働時間の違う従業員がいるときの情報共有の方法など、管理上のノウハウはまだまだ確立されていません。その結果、管理者は誰がやってもあたりさわりがない業務、責任範囲の小さい業務を時短制度利用者に割り当てる傾向があり、これを「マミートラック」と呼びます。これは決して嫌がらせではなく配慮の結果である場合も少なくないのですが、いったんマミートラックにのった女性は適切な業務経験を積むことが出来なくなって成長機会を失ってしまうため、その以降の能力開発やキャリア形成が難しくなります。つまり女性は子育てという制約を抱えることで一時的に成長に必要な業務経験を逃してしまうことが多くなりますが、過去の経験に基づいて新たな業務経験を与えられるためそのまま学習機会を逃し続け、適切な実践知やスキルを獲得できないまま年齢を重ねることになっていくのです。

こうした経験による学習機会を逃しやすい女性を育成するためには、制約を抱えながらでも働きやすい職場環境をつくるための両立支援と、成長のための学習機会を提供する育成支援との2種類の施策が求められます。家庭を顧みない働き方をすることが前提であれば育成支援だけでもよいのですが、そのような職場環境と直面した女性は就労意欲を下方修正して離職やぶら下がり化しますので、女性を活躍させるためには両立支援が同時に必要となるのです。

①両立支援 -「業務経験」という成長機会を奪わないための支援

両立支援策として必要なのは、制約を抱えていても成長機会につながる業務経験を得られる環境づくりです。具体的には、在宅勤務制度等の職場環境を整える、子どもの病気による欠勤が業務に影響を与えない体制やルールの整備、個人ではなくチームで成果を出す働き方に移行する、等です。さらに言えば、時短者だけでなく全ての従業員が定時に退社できるような業務改善が実現すれば、そもそも時短制度を利用する必要すらなくなります。なおこれらの環境整備によって恩恵を得るのは、子育て中の女性だけではありません。負荷の低い業務体制は全ての従業員のメンタルヘルス改善につながりますし、空いた時間で大学院に通うといった従業員の能力開発の機会も増えるでしょう。

②育成支援 ー制約の中でも成果責任を負わせ、適切な育成と評価をする

 上述した両立支援を実施した上で、次に成長に必要な学習機会を提供する育成支援を実施します。出産後に昇進意欲が低下していない女性たちは「仕事を継続できることが分かり長期的なキャリアがイメージできるようになった」「会社・職場が育児との両立を支援してくれたことに応えたい」「会社・職場がやりがいや責任のある仕事や活躍機会を与えてくれた」といった回答が高いことが分かっています。つまり制約を抱えた女性にも適切な責任を与えて成長する機会をつくっていくことが、離職やぶら下がりを防ぐと考えられます。そのためには、制約のある中で業務責任を果たさせるための目標設定の方法、制約が不利益にならない業績評価、子育てと無理なく両立できるキャリアパスの提供といった、制約を持つ人材の人的資源管理方法を確立する必要があります。こうした支援を提供することで、女性の効力予期を高めるだけでなく、成果さえ出せば正当に評価されるのだという結果予期を強化することを目指します。
 女性は離職する可能性が高いという理由で、女性に対して能力開発機会を提供してこなかった企業も多いことでしょう。こうした過去の統計から労働者の業績と性別・年齢・学歴などの属性との関係について平均的な傾向をつかみ、それをベースに属性ごとに労働者の扱いを分けるとする企業行動は、「統計的差別」と呼ばれます。その結果、女性は教育機会や上司からの支援を受ける機会が男性に比べて少ない傾向があるため、偏りの是正をするための教育制度の見直しや上司の意識変革を促すことも必要でしょう。

女性は制約の中で責任を果たせる働き方を習得すべき

 そして女性は、制約の中で成果責任を果たせる働き方の知識や能力を習得する必要があります。評価とはあくまで成果責任に応じて与えられるものであり、労働時間に対するものではありません。そのため時短かフルタイムかに関わらず、自らが持つ制約の中でどのように動けば果たすべき責任を全うできるのかを考えながら働くべきですが、これができている人は多くはないのではないでしょうか。
 例えば、あるワーキングマザーに関する意識調査では、管理職と制約を持った女性従業員のミスコミュニケーションを見事にあぶりだしています。管理職が部下のワーキングマザーに期待することの1、2位が「時間内での生産性アップ」と「業務を抱え込まない」であるのに対し、ワーキングマザー当事者が配慮していることは、「時間内での生産性アップ」「周囲の社員への配慮」が上位であり、「業務を抱え込まない」は4位となっています。ここから、管理職としては業務を滞らせないためにも組織でフォローすればよいと考えているのに対し、ワーキングマザー本人は抱え込む傾向があると考えられます。また「周囲の社員への配慮」の項目でも、フォローする側は業務を代行することの負荷を可視化すること、業務代行という事実を上司が把握して代行者の評価や他の業務配分に反映してもらえることを代行者は求めていますが、そこまで気づく女性は少ないという印象です。
 同時に成果責任を全うするために、育児にまつわるタスクを全て家庭内で抱え込むのではなく、公的・民間の育児資源(例えばベビーシッターや病児保育サービス)も調達することで、離脱リスクを最小化しておくことが望まれます。特に病児欠勤をはじめとするリスク対策は、備えておくことでいざというときにも何とかなるという効力予期につながるため、責任やタスクを引き受けるときの積極性に影響します。タスクを引き受けることに消極的な人が多いチームは生産性が低くなりますので、実際にサービスを使うかどうかはともかく、職場全体の生産性向上のためにも対策をしておくことが望ましいと言えます。

育児休業期間を能力開発に転換する育休プチMBA勉強会

私は自分の育休中に「育休プチMBA勉強会」を立ち上げましたが、実際に運営してみて驚いたことは、こうした学習機会を求める女性がたくさんいるということでした。勉強会に参加する女性たちは、就労意欲は非常に高いのですが、自分が抱えることになった制約と業務の共存方法に不安を抱いています。しかし勉強会を通じてマネジメント思考を身に着けることで、制約を抱えつつも組織の中でどう動くべきなのかを理解するようです。その結果、参加者の9割以上は勉強会を通じて就労意欲の向上、所属企業への貢献意欲を高めていますが、それと同時に9割以上の参加者が管理職への興味を持つようになっています。
 育休中はこどものケアが最優先であることに変わりはありませんが、こどものケアと両立できる学習機会を提供すれば、育休期間という企業からみたらコストアウトの期間を能力開発期間に転換することができること、復職後の働き方を予め学ぶことでスムースな復職が可能になります。また女性から見れば、育休期間や復職後の期間によってキャリアを中断せずに済みます。マネジメント思考を習得するためには反復練習が必要であるため時間がかかるのですが、現場を持っている社員が長期間にわたる研修を受けることはなかなか難しいのが現状です。しかし、育休期間を利用すれば、残された現場の業務負荷を心配せずに教育訓練を実施することが出来るのです。