「やりがい」の罠

大学でキャリア指導をしていると、最近の大学生は株式会社などの営利企業より、NPO(特定非営利活動法人)で働いたり公務員になりたいという人が多い。非営利組織は、アメリカではGNPの2~3%を生み出す主要な雇用組織だが、日本ではまだそこまで多くの従業員を雇う組織体にはなっていない。とはいえ、内閣府によると日本のNPOの数は、平成23年3月末の198から平成27年12月末の931へと急速に増加している。

 大学でキャリア指導をしていると、最近の大学生は株式会社などの営利企業より、NPO(特定非営利活動法人)で働いたり公務員になりたいという人が多い。
 非営利組織は、アメリカではGNPの2~3%を生み出す主要な雇用組織だが、日本ではまだそこまで多くの従業員を雇う組織体にはなっていない。とはいえ、内閣府によると日本のNPOの数は、平成23年3月末の198から平成27年12月末の931へと急速に増加している。
 仕事に対して単にお金を儲けることより、社会に必要とされることにやりがいを見出そうとする若者が増加していることと思われる。

 ところで、やりがいのある仕事とはなんだろう。どのような組織だとやりがいのある仕事ができるのだろうか?

 「やりがいのある仕事」を、「働く人に満足を与え、報いるもの」であるとすると、どんなことで満足を得て何が報いとなるのかは、人によって異なるだろう。ある人は高い収入を得ることで満足し、ある人は社会貢献をしていると感じることで満足する。万人にとってやりがいのある仕事というものは存在しないのかもしれないが、多くの人がやりがいを感じる要因は何なのかを知ることは、経営者にとってプラスになるに違いない。
 そこで今回は、経営全般にわたる幅広い理論を紹介している「アントレプレナーの経営学」(*注1)から、やりがいに関連する、インセンティブとモチベーション、そしてNPOに関する著作を3つ紹介したい。

 1つめは、インセンティブに関するもので、パーソンズの「ホーソンで何がおこったのか」(1975)という論文だ。この論文では、物理的条件を変えるよりも、別の要因で生産性が上がったホーソン工場の実験結果の因果関係を考察している。

 「ホーソン工場の実験」とは、ウエスタン・エレクトリック社が1924年~1932年にシカゴ郊外のホーソン工場で行った生産性に関する一連の実験のこと。実験では、照明が明るい部屋と暗い部屋を用意して、作業者たちに明るい部屋で作業した後、暗い部屋で作業させ、その生産性の違いを計測しようとした。ところが照明の明るさには関係なく、どちらも高い生産性が得られたのだ。工場内の温度や湿度を変えた実験でも、同様の結果となった。
 では、照明の明るさや部屋の温度・湿度は生産性に関係なかったのだろうか?
 実は、この実験には、これらの物理的な条件の変化だけでなく、普段とは違うもう一つの要因があったのだ。実験の際、作業者たちは自分たちで作業効率を計測していた。そして、「作業効率の数値が高ければ、より高い報酬を与える」と知らされていたのである。

 パーソンズは、このホーソン工場の実験の因果関係の根拠となる理論として、さまざまな説を考慮した上で、「オペランド条件付け」理論に基づく説明が最もシンプルで実験結果に合致すると結論づけた。「オペランド条件付け」とは、報酬や懲罰に対して、個人が自発的に行動することを学習する理論である。ホーソン工場の実験は、従業員の生産効率を観測可能にし、効率をあげた者に高い賃金を与えることで、どのような行動をとることが最善かを従業員自身に自発的に学習させ、結果として生産性が向上したのだとパーソンズは説明している。

 次に紹介するのは、モチベーションに関する、レイサムとピンダーの「21世紀はじめの職務動機づけ理論と研究」(2005)である。この論文は、21世紀になってからの仕事に対するモチベーション(動機づけに)ついて文献検索調査を行い、組織行動を理解するための3つのコンテキスト変数に着目している。1つは「職務設計特性」(モチベーション研究において一般的なもの)、そして2つの新しい要素である、「国民文化」、「個人と環境の適合性」である。
 そして、「コンテキスト、特に文化、職務特性、仕事との適合感を生み出すものは、職務動機付けの鍵になる。また、従業員は意識しているものだけでなく、潜在意識の中にあるものによって動機づけられている」と主張している。
 モチベーションを理解するうえで、価値観は重要である。
 ある文化の中に存在する価値観を別の文化の価値観に押し付けると、従業員のモチベーションと業績に深刻な影響を及ぼす可能性があるという研究もある。たとえば2つの文化で集団主義か個人主義かという点が異なったり、対人権力距離に大きな差異があった場合にはそういう傾向が大きくなるから、注意が必要だ。

 最後に紹介するのは、ドラッカーの「非営利組織の経営」(2005)である。この本の中でドラッカーは、成果をあげるためのマネジメントに必要なものは、成果の定義と測定だと述べ、営利組織は利益という狭い指標で具体的に評価をするのに対して、非営利組織は「私たちは立派な大義に貢献している」といえばそれで済んでしまうところにあるとその違いを指摘している。そして非営利団体が成果をあげるためには、最終的に何をもって利益とすればよいかを問い、成果についてのプランを持ち、成果をマネジメントしなければならないと述べている。

 非営利組織は、組織に所属するメンバーが価値観を共有し、社会的に「やりがい」のある仕事をしているとみなされているため、モチベーションの維持が容易に見えるが、個人の「やりがい」や組織の大義だけに頼って成果が出なければ活動の存続は難しい。満足な報酬や、成果から得られる達成感がなければ、個人のモチベーションは下がってしまう。実際、登録はしていても活動を休止しているNPOも多く、低い報酬や、資金不足で活動が十分に行えず成果が出ずに参加メンバーのモチベーションが下がるという事例が報告されている。平成26年度の内閣府調査(注2)によれば、非営利1,337法人が抱える課題は、法人が認定・非認定に関わらず「人材確保や教育」が最も多く、全体の7割以上を占めている。

 「やりがい」だけでは人材確保はできない。「計測可能なものは管理可能なものである」という格言通り、営利、非営利を問わず、組織として成果を可視化しマネジメントし、所属メンバーのインセンティブとモチベーションもマネジメントできなければ組織の活動を継続的に行うことは難しい。
 このことは、個人の立場からみると、やりがいのある仕事をしたいと漠然と思うだけでは、やりがいのある仕事はできないということを意味する。自分は組織から与えられるインセンティブにどう反応するのか、自分の価値観は組織の文化的価値観と合っているのか、そして組織の活動のなかで、自分はどのような成果を出せるかを、客観的に分析することで自分の「やりがい」が見えてくるのではないだろうか?

 ドラッカーは次のようにアドバイスしている。
 『自分自身を成果のだせる存在にできるのは自分だけだ』



(注1)「アントレプレナーの経営学」(2016年3月 慶應義塾大学出版会から発刊予定)は、世界的に起業家教育を行っているカウフマン財団が出版したUnlocking the Ivory Tower: How Management Research Can Transform Your Business, by Eric R. Ball and Joseph A. LiPuma, Kauffman Fellows Press, 2012の翻訳本

(注2)「平成26年度特定非営利活動法人及び市民の社会貢献に関する実態調査 報告書」、内閣府、平成27年3月
https://www.npo-homepage.go.jp/uploads/h26_shimin_chousa_all.pdf