理念経営の復活

第8回では、「経営階層への成長モデル」と題して、経営階層への発展プロセスについて、四つのキャラを使ってポイントを解説いたしました。今回は、「理念経営の復活」と題して、「経営階層に求められる能力とは?」の連続寄稿の締めくくりとしたいと存じます。

 第8回では、「経営階層への成長モデル」と題して、経営階層への発展プロセスについて、四つのキャラを使ってポイントを解説いたしました。今回は、「理念経営の復活」と題して、「経営階層に求められる能力とは?」の連続寄稿の締めくくりとしたいと存じます。

理念とは?

 朱子学によれば、全ての存在の大元として太極があり、そこに「理」が存在していて、そこから人間の魂を構成している「性」が生まれてくると言われています。一方、理の凝縮した形態として「気」と「質」があり、魂は両者におおわれているので、本来の「性」とはずれた「情」の発現となると説明されています(『大学・中庸』島田虎次著、朝日文庫)。
 道教では「魂魄(こんぱく)」という言葉がありますが、「魂」は「性」で構成され、「魄」は「気」で構成されています。「魄」は物質である肉体を操作する役割を持っていると言われています。
 「性」は「五常」という「仁・義・礼・智・信」の特性が付与されており、その特性が正しく発揮されれば、情として「惻隠(あわれみ)」「羞悪(はじ)」「辞譲(へりくだり)」「是非(けじめ)」が発現されます。
 つまり、人間の心という存在は、理から生成された性で構成された「魂」と、肉体を操作する為の「魄」で構成されていて、「魂」と「肉体」の影響により「情」の発露が決まっていると言えます。
 理念とは、「理を念(おも)う」と読むことができ、「理」すなわち五常の特性を大切にする意味となります。

理念価値とは?

 理念が生み出す価値を理念価値と言いますが、西洋哲学のプラトンによれば「真・善・美」の三つの価値を理念価値の根源としています。
 第3回で大極には「体」と「用」と「則」の働きがあり、「体=陰」、「用=陽」、「則=冲」に呼応すると説明しましたが、理念価値を加えると「体=陰=美」、「用=陽=善」、「則=冲=真」と言うことができます。「体」が理想状態の「ビジョン」であり、「用」はこのビジョンを実現するためになすべき「使命」であり、「則」は、ビジョンと使命をつなぐ「志」「信念」ということが言えます。

理念経営とは?

 以上のことから、本稿のテーマである「理念経営」とは、各企業の「企業特性」に沿った「真・善・美」の理念価値を実現しようとする経営活動ということができます。
 心理学の世界では、最近「アドラー心理学」が盛り上がってきておりますが、フロイトの説いた「精神分析学」との違いは何かというと、前者が目的論的アプローチに対して後者は決定論的アプローチであると言われております。科学の世界では決定論的アプローチは必須ですが、それは物質の世界においての話であって、心の世界では必ずしも決定論的である必要はなく、むしろ目的論的アプローチの方が救いが多いということが言えます。
 理念経営において大切なのは、この目的論的アプローチです。確かに企業の持っているリソースや置かれている環境に制約されて、その結果可能となる活動が決定される面もあります。しかし、それに従うだけでなく、明確に目指すべきビジョンを掲げ、果たすべき使命とビジョンと使命をつなぐ志を明確化して、社員に徹底的に共鳴してもらうことが重要です。これが繰り返し徹底されれば、ビジョンに向かった自発的な活動と、全社員の念いにより、ビジョンにふさわしい引き寄せ効果も起きてくることとなります。

理念経営の例

 理念経営の具体的事例を紹介しましょう。第3回でも記述しましたが、驚異的発展を遂げた東京通信工業(現在のソニー)の設立趣意書を見ると、「体・用・則」に呼応した言葉として「快・小・匠」を発見することができます。創業者の井深さんは企業活動を通じて、企業内・社会に対して「快」なる状態を作ることを「理想状態」としました。「使命」として掲げたのは「小」なる電気製品を提供することです。そして「快」と「小」をつなぐ「則」として「匠」を掲げた訳です。
 北品川にあるソニー歴史博物館で聞いたお話ですが、技術者が新製品を開発した時に創業者の井深さんはサムシンググレートの視点からその製品を世に出してよいかどうかを判断していたそうです。サムシンググレートの視点とは、「天意」と言ってよいと思います。理念価値である「快」にふさわしいかどうか、根源の理念価値である「真・善・美」にかなっているかどうかをジャッジしていたのです。又、「匠」に対しても徹底的にこだわり、物真似を嫌いオリジナルな創造的技術を求めたと言われております。経営者の天意に沿った熱き念いが社員に共有化されていた為に、驚異的な創造と発展がなされたと思われます。

理念経営の発展

 第3回で『「陰陽五行」が示す経営プロセスサイクル』を示しましたが、理念経営の視点からもう一度そのプロセスを解説したいと思います。
理念経営の復活
 「経営理念」プロセスは、「ビジョン(理想状態)」と「使命」と、更に両者をつなぐための「行動理念」を明確化することです。前述のように創業時のソニーでは、「快・小・匠」でした。
 「学習・研究・開発」プロセスでは、「使命」として提供するサービスの開発とその開発に必要な「行動理念」を研究いたします。ソニーで言うと「小」の製品化を図るための「匠」の技術を研究する訳です。例えば、大ヒット製品のウォークマンは、ステレオを持ち運びできるように小型化した点で、画期的なものでした。「マーケティング・営業」プロセスでは、新しい製品・サービスを市場に提供していきます。又、市場の反応を見て、製品・サービスの見直しも図ります。ウォークマンでは、当初は再生機能だけでしたが、後でオート・リバース機能や録音機能を付与した製品を開発していきます。「イノベーション」プロセスでは、新しいサービス投入を評価して、既存製品体系の中に組み入れるか否かを考えます。ウォークマンは若者を中心に爆発的に受け入れられたので、製品体系に組み入れられ、量産化のプロセスを整備することになりました。そして又、「経営理念プロセス」に立ち戻ります。圧倒的に市場に受け入れられたウォークマンですが、確かに音楽好きな方には「快を与えましたが」、そうでない方には音漏れ等があり「不快」を与えていました。そこで、イヤホンなどの改善を図り、「音漏れ」も最少にする工夫がなされました。
 又、同時にメモリーの技術革新により、価格がとても安価になったことから、テープ方式をやめてメモリ方式にして、更なる「小」化を図り、新しいウォークマンを発表した訳です。しかし、この時にアップル社のiPodが発表され、あっという間にウォークマンは市場を奪われてしまいます。時代としては、ネットワークが整備され、企業の枠を超えた連携も頻繁になってきた背景があります。
 「経営理念プロセス」では、創業時に立てた理念価値の見直しをすることが重要となってきます。ソニーの例では、創業時は「快・小・匠」でしたが、時代の趨勢からは、その後は、理念価値がマッチしていなかったことがわかります。一方アップル社はどうだったでしょうか。アップル社の経営理念は、「Change the world」です。具体的には「beautiful design」「simply to use」「user friendly」を謳っています。シンプルで高い質感を持つ製品の提供を目指した訳です。これを「体・用・則」でとらえなおすと「美・簡・?」となります。「則」に対応するものは明示されていません。しかし、アップル社が打った「Think different」の広告の狙いを考えると、社員へのメッセージと同時に顧客へのメッセージであることがわかります。つまりこれまでの企業と顧客、あるいは企業間の枠、という概念をチェンジして、もっと幅広い連携を狙っていたと言えます。一文字で表すとすると「絆(きずな)」と表現できるかと思います。つまりアップル社の理念価値は、「美・簡・絆」と表現できます。
 この「絆」の理念価値は、色々な音楽を配給する会社との連携を築き、好きな楽曲を自由にダウンロードすることを可能としました。一方、ソニーは、「匠」にこだわり、吸収した会社のコンテンツのみの提供で、市場からは厳しい評価となってしまいました。。
 このように、「経営理念プロセス」では、社会の動向を観の目で俯瞰・洞察し、自社の経営理念の見直し、あるいは付加をしていかないと、あっという間に市場で淘汰されてしまいます。井深さんの視点からすると、「天意」の動向を察知して、それにふさわしい理念価値を生み出していくことが肝要となります。

理念経営の発展の意味

 第3回で、「経営理念プロセス」において理念価値の見直しをすると、断層的発展がもたらせると記述しました。図にすると以下のようになります。
理念経営の復活
 企業がある理念価値で市場を席巻すると、どんどん顧客や地域が拡大していきます。製品サービスの普及が一巡すると、成熟状態を迎えます。成熟状態においては、市場の声に対してより「速く・安く・巧く」の改善がなされていきます。次に、新たな理念価値が追加されると、それにふさわしい製品サービスが創造され、成熟状態になるまで拡大が続きます。
 理念経営の発展は、フィールドの拡大と速度の高速化が図られていることになります。この意味するところは、波のエネルギーでとらえると明解になります。
理念経営の復活
 重りに糸をつけて回し、A-B軸の変位を時間軸で展開すると波が現れます。波のエネルギーには、以下の関係が成り立ちます。

波のエネルギー ∝ 振幅² × 振動数²

 つまり、振幅はフィールドの広さであり、振動数は処理速度の早さということになります。
 対比する意味で、アインシュタインのエネルギー方程式を紹介すると以下の通りとなります。

物質のエネルギー = mc²

 mは質量、cは高速(3×10(10乗)cm/sec)です。つまり物質というのは、c²すなわち、9×10(20乗)のエネルギーが凝集して創造されていることが分かります。「理から性、さらに凝集して質ができる」という朱子学の主張を裏付ける内容になっていると言えます。

 以上のことから、理念経営の発展によるフィールドの拡大と高速化の活動は、実は企業のエネルギーを向上させているということになります。第8回で経営階層への発展モデルとして、個人の発展モデルを解説しましたが、個人の心のエネルギーも同様なことが言えます。
 犬→猿は高速化による高エネルギー化、猿→雉はフィールド拡大による高エネルギー化、そして雉→亀は、魂魄でいうところの魂のエネルギーにリンクして、超高エネルギー化になると言えます(玄の世界は、フィールド広大と超速による高エネルギー世界)。

 陰陽五行の経営プロセスは、実は、心のエネルギーの高エネルギー化を図っていると言えます。物質は、最初から高エネルギーの凝集がなされていますので、物性は普遍的に安定しています。心の方は、さほどの凝集はなされていませんので、朱に交われば赤くなる訳です。しかし、振幅の拡大と高速化により、心は物質を超える高エネルギー化が図れることになります。更に亀の境地に達すると超高エネルギーとなっていきます。しかし、そのためには、回転軸が不動になっていなければなりません。回転軸の目指す方向性とその信念が不動になることが亀の境地に達するための必須条件になります。回転軸を不動にすることで、信念に対応する精神エネルギーとの共鳴が可能となっていく訳です。

理念経営の復活

 本稿も終章となりました。「経営階層に必要な能力とは」と題して、9回の連載をしてまいりましたが、「理念経営の復活」とは禅で言うところの「見性の境地」の復活と言うことができます。即ち、「悟りの境地」の復活ですね。日本では明治維新以降、急速に西洋の合理思想に傾斜して、それまで先人が培っていた「悟りの境地」を軽視するようになってしまいました。戦後60年経過して、西洋の合理性をマスターした現在、そろそろ明治維新前に確立していた「悟りの境地」をもう一度諸活動の目標にすえる時が来たのではないでしょうか。「〇〇道」と道をつけた日本文化の芸道、武道の目指していた「悟り」の復権を切に願ってやみません。