経営階層への成長モデル

第7回では、「イノベーションに必要な思考法」と題して、経営階層に必須な思考法を解説いたしました。今回は、これまでの記述を踏まえ、入社から経営階層への成長プロセスについて言及して行きたいと思います。

 第7回では、「イノベーションに必要な思考法」と題して、経営階層に必須な思考法を解説いたしました。今回は、これまでの記述を踏まえ、入社から経営階層への成長プロセスについて言及して行きたいと思います。

陰陽五行と成長モデル

 第3回で陰陽五行と経営プロセスモデルの関係を説明いたしました。実は、陰陽五行は会社における職階の成長モデルとしても活用することができます。
経営階層への成長モデル
 上図にあるように、入社して実務を担当している「実務階層」は、知識やノウハウを吸収しながら、仕事をしていく段階です。この階層は「木の気」に相当します。上からの指示に対して迅速に処理しますが、まだ実績がないので経営に対する発言力は弱い状態にあります。マネジメント階層からの指示に対して、フォローしていくという意味で、縦の関係が中心となる階層です。

 実務者として成功すると、昇格して実務マネジメント階層となります。いわゆる課長階層で、「火の気」に相当します。この階層は実務を推進する責任者なので、実務に関する発言力を経営階層に対して持つことになります。又、サプライチェーン的に自組織と他組織と連携して会社の機能を推進する必要があるので、横の関係が中心となる階層となります。実務を推進する以上速さを求められますが、横の関係が求められるので、実務者階層よりは遅くなります。

 実務マネジメント階層で成功しますと、経営階層に昇格していきます。最初は部長階層ですね。この階層は「金の気」に相当します。上図でもわかる様に、実務階層から実務マネジメント階層へのシフトは、速さを求めるという意味では同質の成長になります。しかし、実務マネジメント階層から部長階層へのシフトは、異質な発展となります。その違いは、第3回でも記述しましたが、処理速度を遅くして、内外の状況を広く見て、変化の本質をとらえていく「観の目」が必要になってくるからです。ですから実務マネジメント階層と部長階層の間には溝があると言ってよいと思います。昨今は、部長階層といっても課長の延長の仕事をすることが多くなっていますが、それですと処理速度を速くすることが必要なので、観の目を持つということはとても難しくなってきます。意識して切り替えをして、観の目で俯瞰する時間を取ることが必須となってきます。役割としては、内外を見て組織のプロセスを維持していく働きですので、全方位の関係性が必要となってきます。

 部長階層で成功すると、次には役員階層にシフトします。「水の気」ですね。上図でわかるように、この階層は、部長階層よりも発言力が弱くなっています。これは実際とは違っているように思われるかもしれませんが、この階層の重要な役割は理念価値をどう維持するかにあります。具体的な実務プロセスに口をはさむのではなく、会社の目指す理念価値をどう維持し、育むかが重要となってきますので、場を健全に維持していくことが求められてきます。第1回で経営階層は作用の視点としては「間接」と説明しましたが、役員階層においては、言葉による指示命令というよりは、人徳のような精神的高みが求められてくるわけです。その意味では、現象界に身をおくだけでなく精神界にもコンタクトしていく必要があります。禅で言う「見性の境地」が目指すべきところとなります。この境地に達すると、物理的限界の枠を超えていくので、処理速度は超遅でありながら、「叡智」による超速を獲得し、理念価値で場を包むという意味で「慈悲」の働きを持ち、未来を引き寄せる強い「経営の意志」を保持していくことになります。戦後の成長期を支えた経営者の多くは、高僧に教えを請うたといわれておりますが、恐らく直観的に目指す方向性を理解していたと思われます。従って、部長階層と役員階層の間には現象界と精神界の大きな溝が存在していると言えます。

 以上のことから各職階の位置関係を図示すると、下図のようになります。
経営階層への成長モデル
 「見性の境地」に達した経営者階層は、「叡智」と「慈悲」と「意志」の働きを保持し、それぞれ、「超速」「超遅」「不動」の視点を併せ持ち、会社を正しく独自な社会貢献へと牽引していくことになっていくわけです。
 各階層にあるギャップを表現すると下図となります。
経営階層への成長モデル

キャラと成長モデル

 『麓暢(ふもととおる)の人間診断』(麓暢著、日本能率協会マネジメントセンター刊)では、「思考サイクル」と「外向エネルギー」の二軸で人間のキャラを分類する理論が提唱されています。上述の職階の二軸では、「処理速度」と「発言力」でしたが、ちょうどそれに類似した二軸になっています。本理論のキャラ分類を大きく四分類にして筆者は以下の動物キャラとしてネーミングしました。「犬」と「猿」と「雉」と「亀」の4キャラです。最初の3キャラは、「桃太郎」に付き添う動物ですね。「亀」は「浦島太郎」に出てくる動物です。
経営階層への成長モデル
 実務階層は犬、実務マネジメント階層は猿、部長階層は雉、役員階層は亀に呼応します。
 つまり、会社における職階発展プロセスとしては、犬→猿→雉→亀ということになります。
 勿論、キャラは各自固有のものですから、職階が変わったからといってもすぐに変更することができません。しかし求められる要素は、どんどん変わっていくことになります。面白いのは、犬-雉のペアは理性的なのに対して、猿-亀は感性的であることです。
 入社して就く実務階層は、犬のキャラの人が一番やり易いことになります。周囲の方に敏感に反応し、手堅く忠実に実務をこなしていきます。他のキャラは自分の特性と求められる特性が違うので悩んでしまいます。猿や亀は身に付けられなければならない知識やプロセスにウンザリし、猿と雉は命令されることに反発しがちで、雉と亀は迅速に処理していくことに抵抗を感じてしまうわけです。
 このように会社における職階の向上に伴い、求められる要素が変わってくるのに対して、自分のキャラとは合わない特性をどうやって後天的に身につけていくかが、向上するために必須となります。職階の求める特性と自分のキャラ特性のギャップに気づき、後天的にキャッチアップできる人は順調に階段を登ることができますが、それに気づかず、自分の能力を嘆く人は途中で滞留を余儀なくされることになります。勿論、階段を登ることだけがハッピーではありませんが、役員階層を目指す人にとっては留意しなければいけないポイントとなります。
 犬から猿への脱皮は、理性的から感性的への転換と、外向きエネルギーの弱から強への転換です。理性的な人が感性的になるにはどうしたらいいでしょうか?これは傾聴のスキルの一つですが、感情への応答がポイントとなります。周囲の気持ちを表現する言葉を受け止めて応答することで、「気持ちが通じる」と思ってくれると同時に発信にもなるわけです。
 猿から雉への脱皮は、どうしたらよいでしょうか。ここには大きな溝が存在しています。
 感性的な人が理性的になり、且つ速かった思考サイクルを遅くするわけです。そして関心事をミクロからマクロに転換させると同時に、視点の深さも表面から深くに変えていく必要があります。溝が大きいだけに、猿で成功したからといって雉で成功する確率は相当低いと言わざるを得ません。この転換のポイントは、同じく傾聴のスキルの一つである事実の要約がポイントとなります。つまり関心事を感情面に加え、事実にも目を向けて行き、同時に要約することで、全体を俯瞰する姿勢を身に付けていくわけです。又、迅速に動いて成果を出していくスタイルに対し、根拠や法則の発見という視点を持つ必要が出てきます。言わば、演繹的思考法から帰納法的思考法への転換が必要になってくるわけです。換言すれば、あるモデルを前提に成果を出していくスタイルから、事実と結果からモデルを想像・仮説していくスタイルに変身するということになります。このためには、目移りせずに一つのことに集中していく姿勢の転換が求められます。
 雉から亀への脱皮は、何が必要になるでしょうか。実はこの転換の溝は最大となります。
 なぜならば犬から雉までは現象界を対象にしているのに対し、亀は精神界を扱うことになるからです。浦島太郎を竜宮界に連れて行くのが亀ですね。美の女神界と行き来できる存在が亀です。これは前述したように、禅でいう「見性の境地」に悟入していく必要があります。前回紹介したU理論のプレゼンシングの境地ですね。この転換のポイントは、「理解」です。接する人々の個性を理解し、相手の立場に立って支援する姿勢を確立する必要があります。これも又、傾聴でいう「自己一致」のスキルがポイントとなります。「自己一致」の原義は「自分の思うことと表現を一致させる」にあります。相互理解によって相手の思うことを理解し、相手の主張も自分のことのように理解するということがここでは必要になってきます。つまり、肉体的違いの限界を超えた心が通じ合う世界となります。「理解する」とは「愛する」ことと同義という考えもありますので、「汝、隣人を愛せよ」という教えに通じるところがあるのではないでしょうか。
 人の心の多様性を色で表現するならば、心と心の間を七色の虹で架け橋を作るということが、最後の大きな溝を超えるのに必要なポイントと言えるでしょう。亀の甲羅にある六角形が暗示する結晶智とは、現象界と精神界、自と他をブリッジした時に現れるものであり、二つの異なる世界の境界領域すなわち幽玄の世界において会得される「叡智」と言えます。
経営階層への成長モデル