経営階層と実務階層の違い

経営階層と実務階層をどこで分けるかについては、議論が分かれるところです。日本プロジェクトマネジメント協会で紹介しているプロジェクトマネジメントとプログラムマネジメントという二つのマネジメント概念があります。

経営階層と実務階層の区分け

 経営階層と実務階層をどこで分けるかについては、議論が分かれるところです。
日本プロジェクトマネジメント協会で紹介しているプロジェクトマネジメントとプログラムマネジメントという二つのマネジメント概念があります。前者は一つのプロジェクトに対するマネジメントで、後者は複数のプロジェクト及び、定常的活動も含めた活動全体を対象としているマネジメントです。その意味からプロジェクトマネジメントを実務階層のマネジメント、プログラムマネジメントを経営階層のマネジメントの一つと位置付けるとぴったりすると考えています。
 因みにアメリカのプロジェクトマネジメント協会が認定しているPMP(プロジェクトマネジメントプロフェッショナル)資格は、後者のプロジェクトマネジメントを対象にした資格となっています。一方、日本プロジェクトマネジメント協会が認定しているP2M(プログラム & プロジェクトマネジメント)資格は、文字通り前者と後者の両方のマネジメントを対象にしているところに特徴があります。
 役職と階層はどう結び付けるかについては、企業規模により違いが出てくると思います。大企業であれば、課を統合した部、部を統合した事業部あたりまでを実務階層と位置付けられるかもしれません。ここでは前述のプログラムマネジメントの定義に基づき、課を統合している部長以上を経営階層と位置付けたいと思います。

日本とアメリカの考え方の違い

 アメリカの企業で経営階層に昇格するには、MBA(Master of Business Administration:経営学修士)資格を取得する必要がある企業が多いと聞いています。一方日本では、経営階層に昇格するのに、特別な資格を必要とする企業はほとんどなく、実務階層での成功者が経営階層に昇格する形が多い状況となっています。この状態を図にすると以下のような形になると思います。
経営階層と実務階層の違い
 アメリカでは、経営階層と実務階層にスキルの断層があり、両者の求めるスキルは全く違うことを明示しています。一方、日本では経営階層と実務階層に断層はなく、あたかもシームレスにつながっており、両者の求めるスキルの違いは明示されておりません。両国の違いからそれぞれ長所短所が浮かびあがります。アメリカでは、経営階層に昇格するには実務階層とは異なるスキルが必要であるということが自覚できますが、一方で、その資格を特別視しますと、実務スキル軽視の懸念が出てきます。日本では、実務階層の成功者が経営階層に昇格するので、実務軽視の懸念はありませんが、逆に経営階層になっても実務階層の延長で役割を果たそうとする懸念が出てきます。両者それぞれ一長一短があると言えます。

経営階層の役割とは?

 経営階層の役割は、企業の経営を担う役割となりますが、企業活動でもっとも重要なポイントは、企業が保有している「技術」と、市場の「需要」を「つなぐ」ところにあります。技術的変換による付加価値の提供と言い換えることができます。(Cf.「経営学入門」日本経済新聞出版社、伊丹敬之・加護野忠男著)
 この「技術」と「需要」をつなぐには、経営資源をうまくつなぐ必要が出てきます。
「人」「物」「金」に対応した、「労働市場」「原材料市場」「資本市場」とのつなぎが必要となってきます。この三つの市場とのつなぎを基盤として、「製品市場」とのつなぎが可能となってきます。この製品市場に、「需要」をもたらす顧客が存在し、製品を提供する「自社」と、異なる製品を提供する「競合先」が競争することになります。これを経営学では、3C(Customer、Company、Competitor)と呼んで、ミクロ環境と位置づけています。ミクロ環境に呼応するマクロ環境は、PEST(Politics、Economy、Society、Technology)と呼ばれ、この中に「技術」が位置づけられています。これらを図示すと、図2のようになります。
経営階層と実務階層の違い
 冒頭で、プログラムマネジメントは経営の役割の一部だと申し上げましたが、プログラムマネジメントもプロジェクトマネジメントも既に明確化されたプロジェクトをいかにうまく遂行するかというスキルとして位置付けられますので、中期・短期のマネジメントスキルと言うことができます。一方、「技術」と「需要」をつなぐという視点から前述した経営の「つなぐ」役割からは、より「長期」な視点が必要となってきます。
 また、空間的視点で言えば、市場でのポジショニングがきちんとなされているか、という外向きの視点と、需要に応えるための自社の経営資源が十分であるかの内向きの視点が必要となってきます。アメリカ企業の戦略は、前者のポジショニング型を重視し、日本の企業は経営資源型を重視すると言われております。(Cf.前掲書) これは、狩猟型民族と農耕型民族の違いが現れているのかもしれません。
 「技術」と「需要」を「つなぐ」のが経営の役割として重要なポイントと申し上げましたが、前掲書によれば、この両者はしばしば矛盾を発生させると言われています。「技術」が内向きな「組織マネジメント」とすると、こちらは「規律」と「安定」を求めます。一方、「需要」は外向きな「環境マネジメント」であり、こちらは「変化」と「革新」を求めることになり、矛盾が発生します。筆者も、SEの実務階層時代に、IT技術において「ホスト開発技術」から「オープン技術」へのシフトに直面しましたが、「これからまた新しい技術を学ぶの?」と唖然としたことを覚えています。技術は、習得するのにとても時間と労力を必要とすることから、どうしても保守的にならざるをえない、と言えると思います。しかし、環境の方は、そんなことにお構いなく、どんどん変化していきます。経営の役割として重要な「技術」と「需要」を「つなぐ」とは、実は、「保守」と「革新」の矛盾をどう克服して新たな「発展」に「つなぐ」か、という風に言い換えることができます。これを図示しますと、以下のようになります。
経営階層と実務階層の違い
 「成長」を英語では「Grow」と言い、「発展」を「Develop」と呼ぶそうですが、両者の違いは、「同質の成長」か、「異質の発展」かの違いにあります。「改善」が「成長」をもたらすとすれば、「変革」が「発展」をもたらすと言えましょう。経営の重要な役割は、「成長」しつつ、環境の変化に対してどのタイミングで断層的「発展」に舵を切り替えるかにあると言えます。木を切ると見える年輪がその変化を示唆しているようにも思えます。

経営階層と実務階層の違い

 以上の事から、経営階層と実務階層の違いを整理すると以下の表となります。

表1 「経営階層と実務階層の違い」
比較項目経営階層実務階層
空間の視点外向き内向き
時間の視点長期短期
変化の視点革新改善
作用の視点間接直接

 最後の「作用の視点」については、少し補足がいると思います。経営階層は、実務階層に「仕事を担っていただく」立場にあります。昨今は、階層が一つ下にずれて、部長が課長、課長が係長というようになっており、経営階層の部長層も実務が8割を超えるといった状態になっているところが多いようです。危機的状況の時の鉄則は、「マネジメント階層を一つ下にずらす」と言われておりますが、それが常態化しているのは好ましいことではありません。松下幸之助氏の語録に、「経営者は1人ですべての仕事をこなすのが本来であって、それを社員の人に代替してもらっているのだ。」というくだりがあったと思いますが、直接的な仕事は実務階層に担っていただいており、その仕事を間接的に支えるのが経営階層の仕事であると言えます。