本当に戦略を理解しているのだろうか(戦略の全体像を知る)

「戦略とは何か?」と聞かれると、あなたはどう答えますか。経営トップが、他社との差別化を図るビジョンを掲げてそれを実現する道筋を示す、というプロセスを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。

1. 戦略とは何か? 私たちは勘違いをしていないだろうか

「戦略とは何か?」と聞かれると、あなたはどう答えますか。経営トップが、他社との差別化を図るビジョンを掲げてそれを実現する道筋を示す、というプロセスを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。1980年代初頭、米・ハーバード大学教授のM・ポーターに「ほとんどの日本企業に戦略はない」と言われ、多くの人がそれを否定してこなかったことから、一つのイメージが私たちの中に宿ってしまったように思います。
 ミンツバーグはポーターの指摘に対して、「日本企業が業績を出したこと」を指摘しつつ、「日本企業は、戦略を学ぶどころか、ポーターに戦略のイロハを教えてあげるべきではないか」と反論しています。日本人からすると、痛快な反論に思わず拍手を送りたい気もしますが、どちらが正しいのでしょうか。実際、戦略とはどのようなものでしょうか。

2. 戦略を理解する

 ミンツバーグは「本当の戦略とは何か」という疑問に応えるために、あるいは疑問を持っていない人のために、「戦略サファリ」という本で詳細に戦略について解説しています。戦略とは一言で語れるようなものではなく、多様で深遠なものだと主張します。そして、包括的な戦略ガイドのために、10タイプの戦略論を整理し、3つの視点から戦略のとらえ方(○○スクールと表記)を示しています。

1)戦略を策定する立場から
 コンセプトを構想するプロセスとしてのデザインスクール、策定プロセスをシステマティックに形式にしたプランニングスクール、そして、戦略の内容面に焦点を当てたポジショニングスクールまでを分類しています。ミンツバーグは、この3つのスクールは策定する主役は誰かという規範に重きが置かれていると指摘しています。戦略は誰か特別な人のものではないと考える彼は、それぞれの貢献を評価しつつも、批判的なコメントを述べています。
 前述のM・ポーターは、ポジショニングスクールに位置しており、多くの日本企業にはユニークなポジションを設定した戦略が見えないと指摘したわけです。

2)戦略を形成するプロセスに着眼して
 次の6つは、戦略がどのようにつくられるかという点に重きを置いた点から名付けています。起業家精神から生まれるとするアントレプレナースクールと、戦略を立案する人の心に焦点を当てて認知心理学を応用したコグニティブスクール。さらに個人を越えて学習とともに戦略が策定されるとするラーニングスクール、組織内で交渉しつつ完成するパワースクール、組織文化に根ざすカルチャースクールがあり、組織の外の環境と相互作用しながらできるとするエンバイロメントスクールを紹介しています。
 ミンツバーグ自身は、トップから戦略が打ち出されてから、現場の中で学習を深めつつ、状況にあわせて適合させていくラーニングスクールの重要性を強く主張しています。前述のポーターとの論争も、まさにここに日本企業の強さがあり、戦略があると指摘したのです。

3)戦略の様々な視点を統合する観点から
 最後、10個目は、これまで見てきた9つの戦略要素をいかに結び付けていくのかという観点で体系化されたもので、コンフィギュレーションスクールです。
 こうしてみると、戦略は企業活動そのものの多面性をそのまま表していると言えます。ミンツバーグが言いたかった点は、まさにここにあり、戦略とはある一部の人たち(カリスマリーダーや優秀な戦略スタッフ)が策定するのではなく、組織に関わる人みんながそこに関わっているという事実を伝えているのです。
 前述の「日本企業は、戦略を学ぶどころか、ポーターに戦略のイロハを教えてあげるべきではないか」というセリフも、手放しで喜ぶのではなく、自分たちの現場での戦略実践・展開力に自信を深めると同時に、ポーターの指摘(ポジショニングやプランニングの欠如)もしっかりと受け止める姿勢が大切です。

3. 戦略的思考を身につける

 戦略が私たちのものであるとするならば、私たちには何が求められているのでしょうか。ミンツバーグは誰しも、戦略的な能力を持っていて、それを強化していくことで会社を変えるアイデアを生み出すことができると説いています。前回ご紹介したIBMのe-businessの事例が最たるものですが、そこまで大胆なものでなくても、日常の困難な状況を打開するためにも、戦略的思考は必要なものでしょう。
 そのために必要なものは視点、「見る」ことで、そのポイントを4つ挙げています。

①前と後ろを見る
 戦略は未来を創造することなので、前を見ることは言うまでもありません。前を見るために重要なことは、後ろ(過去)を見ることです。過去の延長線上に未来があるということではなく、過去の事実の中に自らの強み・弱みが隠れているからです。
<過去、うまくいったことは何か? それはなぜか?>
<過去、うまくいかなかったことは何か? それはなぜか?>
 シンプルな質問ですが、表面的な理由で終えることなく、「なぜ?」を繰り返すことで奥底に隠れている強みと弱みを発見できます。個人でも組織でも、表面的に語っていること(認識していること)と、本当の認識の間に大きなギャップを見つけることが少なくありません。第2回で紹介した内省そのものです。

②上と下を見る
 次に重要なのは、ビッグピクチャー(大きな展望)を描くために鳥のように上空から眺めることです。全体で何が起こっているのか、どこに矛盾が生じているのか、上からの視点なしにはつかめません。
 しかし、ミンツバーグはそれと同様に、下(現場)を見ることを強く主張します。戦略の引き金となるものは、ダイヤモンドの原石の発見そのものだと語ります。どこにでも落ちているものではありませんから、注意深く根気よく探し続けることが求められます。徹底した現場主義を奨励するミンツバーグならではの指摘で、日々第一線で業務をしている人にこそ可能な視点です。世界中に根強いミンツバーグファンがいることの理由の一つでしょう。

③横と遠くを見る
 戦略思考というと創造的思考、そして水平思考(ラテラルシンキング)だと言われています。発想法のトレーニングなどで耳にされることもあるでしょう。自分の目線で見るだけでなく、他の目線で見ることで従来の枠組みを超えるのです。
 ミンツバーグがここで重視するのは、遠くを見ることです。前を見ることとは違います。過去の振り返りから前を予測することとは異なり、遠くを見るとは見えないものを見ること。未来を想像する、イメージすることで、何かを分析して出てくるものではなく、誰にもまねできないものを創造することにつながります。彼は、まず小さなことを始めるように促しています。すべてを最初から思いつかなくても、いろんな可能性を試したり、プロトタイプを作ったりすることで少しずつものごとをかえるアイデアが育ちます。戦略同様、試行も現場での実践の中で鍛えられていくのです。

④全体を見る
 最後は、これらの見方をすべて包含して見ること、あるいはその時々に応じて見方を自在に変えていけるようになることを指しています。
 今回は、ミンツバーグの独特の世界観が色濃く反映されている戦略について見てきました。彼の著書「戦略サファリ」、その前著「戦略計画 創造的破壊の時代」とも500頁弱の長さで、膨大な調査と分析をもとに書かれています。本稿の長さの制限からお伝えしたい内容をいくつか割愛せざるを得ませんでした。興味を持たれた方は、ぜひ彼の著書を手に取ってください。大胆で明快な分析の切れ味とともに、叙情詩的とも言われる文体を味わいながら、彼の世界観を楽しむことができます。