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大塚家具、ロッテ…… 骨肉の内紛はなぜ起こる? 

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 泥沼の大塚家具。親子間の諍いだけでなく、幹部社員との間の諍いが加わったことで収拾がつかなくなった。これは星野リゾートも同様。なぜ親子・兄弟など同族での相続はうまくいかないのか。先人たちはどのような知恵で乗り切ってきたのか。親子兄弟の事業承継についてレポートする。文=ジャーナリスト/松崎隆司

父と娘の対立の裏に社員の業績への不平

 同族企業にとって次の社長を誰にするのかは、大きな問題だ。創業者である親の目から見れば、子どもは未熟、一方で子どもは親のやり方を古臭いと感じてしまうからだ。

 「親子というのは近い分だけ歯止めが利かない。だから他人なら遠慮して言わないようなことでもつい口にして、殴り合いのけんかになることもある」(老舗企業の社長)

 しかも昔なら創業者のカリスマ社長のツルの一声で決まっていたような人事であっても、今はコンプライアンスの問題がある。法律を逆手にとったクーデターも横行している。

 そこで、トップの椅子をめぐる抗争が勃発した同族企業の舞台裏を見てみることにしよう。

 父と娘が社長の椅子をめぐって熾烈な戦いを演じてきたことで大きな話題となった大塚家具は、大塚勝久氏が1969年3月、埼玉県の春日部市で創業し、急成長させた会社だ。

 ところがリーマンショックがあった2008年以降、業績が急激に悪化。

 長女の大塚久美子氏が社長に就任し、コスト削減など、減収が続く中で11年度にようやく黒字を計上することができた。しかし売り上げは依然として減少が続く。止血により利益は出せたものの、幹部社員からは「単なるコストカットは一時しのぎ、企業の成長性がそがれる」といった疑問の声があがるようになり、丁寧な接客やサービスを中心とした従来の大塚家具の経営幹部と久美子社長との間の溝は深まっていく。そして14年7月23日の取締役会で久美子社長は解任され、勝久氏が会長と社長を兼務することになった。

 解任した理由について勝久氏は筆者にこう語っている。

 「14年の4月頃から、消費税導入前の駆け込み需要の反動などで受注が大きく悪化したが、久美子社長は販売管理費を抑えるために広告をやめたんです。これで足もとの受注件数は下がり、秋以降の売り上げの落ち込みが目に見えていた。強い危機感を持った幹部社員や役員から『何とかしてほしい』という声が上がり、久美子社長に『せめていくつかの権限を渡してもらえないか』と相談したんです。久美子社長からは『それはできない』ということで、結局、社員たちの意思を汲むためにやむをえず社長を辞めてもらうことになりました」

 しかし15年1月、今度は久美子氏側が勝久氏を社長から解任し、自ら社長に返り咲き、中期経営計画を発表する。続く3月の株主総会では、両陣営が取締役を提案、結果は久美子氏側に軍配があがり、勝久氏と長男の勝之氏が会社を去った。

 骨肉の争いを展開した父と娘、それでも勝久氏は久美子氏のことを「目に入れても痛くない」と周囲に自慢してきた。それは今でも変わっていない。

 それでも勝久氏が久美子社長と戦ったのは自分が育ててきた社員を守るという大義があったからだ。勝久氏に決意させたのも幹部社員たちだった。

 「私たちでは久美子さんに何も言えない。だから会社の惨状を伝え、会長に立ってもらった。それでも会長は『久美子がかわいいんだ』と揺れることがあったのを必死で説得したこともあった」(大塚家具元役員)

 大塚家具をやめた勝久氏は、自分と共に戦った社員の受け皿として15年7月に匠大塚を設立。大塚家具から100人以上の社員を受け入れている。

 一方、久美子社長は苦戦が続く。16年12月期の売上高は前期比20%減の463億円、営業損益は45億円の赤字、現預金は1年前の109億円から39億円へと半分以下に減少した。3月の株主総会では「赤字が続くようなら社長は辞めるべき」という厳しい意見も飛び出した。

 久美子社長は社内改革を強引に進めようとして父や幹部社員たちと大きな軋轢を生んでしまったが、同じような経験をしながらそれを乗り越えた社長がいる。

 星野リゾート代表の星野佳路氏だ。星野氏は星野温泉の4代目として生まれ米国のコーネル大学ホテル経営大学院で経営学を学び、星野温泉の取締役に就任した。この時、星野氏もまた、公私混同の温床となっていた同族経営の脱却を目指した。

 星野氏は当初、一族を刺激しないよう何年もかけて徐々に変えていくことを提案した。しかし一族や古参の社員などの反対にあい半年で挫折。その後外資系金融機関に転職した。

 しかし1991年、バブル崩壊の中で星野温泉の経営が悪化すると社長として呼び戻された。星野氏は大ナタを振るい、同族経営の弊害を再び排除しようとした。しかし古参の社員たちはまたも反発、どんどん辞めていき、気が付くと100人いた社員は、3分の1にまで減ってしまった。収益も下がり続けた。

 「同族経営の公私混同は悪であるという思いは強く、妥協しようとは思わなかった。それで人が辞め、売り上げが下がってしまっても仕方がないと思っていました」と星野氏は振り返る。

 だが、いくら求人をしても人が集まらない。そこで星野氏は、それまでの顧客本位の経営から社員の働きやすい経営に発想を転換。社員に人気のないサービスはやめた。続けると、社員が仕事に嫌気がさし辞めてしまうからだ。だから宴会もやめた。

 「温泉地の宴会は酔っぱらいの相手をしなければならないので社員には人気がない。一方でウエディングは客が感動し感謝してもらえる。ファミリー旅行は、子どもたちが喜んでくれれば思い出の場所になり、次にまた来てくれる。社員のやりがいにもつながる」(星野氏)

 社員のやる気が会社を変えた。その後、星野リゾートは急成長を遂げていく。会社を変えるだけでなく、社員にあわせて自分自身も変わる。そんな視点も同族企業の事業承継には重要なのかもしれない。

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