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「私はしばし茫然とし、次の瞬間、死を考えた。」三菱油化 元社長・元会長 池田亀三郎

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池田氏は、1884年、山形県生まれ。東京帝国大学(現・東京大学)工科大学採鉱冶金科卒業後、三菱合資に入社した。三菱鉱業技師長、三菱鉱業取締役など経て、1939年、日本化成工業の社長に就任。その後、旭硝子の社長を務めた。1944年、旭硝子と日本化成工業の合併により三菱化成工業が設立されると、同社社長に就任した。

戦後は公職追放措置を受けるものの復帰。以後、経団連理事、経団連評議員会副議長、工業技術協議会委員(通産省)、行政審議会委員、東京都産業教育審議会会長、輸出入取引審議会委員、産業合理化審議会委員、日本関税協会常務理事、(社)公正取引協会理事、全国資産再評価調査会委員(国税庁)、山形県産業教育振興会顧問、石油化学工業協会会長、水質審議会委員(経済企画庁)、科学技術庁顧問などを歴任。1956年には三菱油化を設立し社長に就任した。

掲出は1914年、三菱合資で働いていた際、配属先の福岡の新入炭鉱で大爆発事故に遭い700人もの人命を失った時のことを振り返っての言葉。後には、「いっそ自分も立て坑に飛び込んでしまおう。そのほうがどんなに楽かもしれない。が、また次の瞬間、それでは責任者として卑怯者になると考えた。なによりまず、遺族の方々に対する責任と、会社に対する責任を取らねばならない。そう思ったら勇気が出てきた」と続く。厳しい状況に直面した際、立ち向かおうと考えるか、逃げた方が楽だと思うか。人間の器の大きさが現れた言葉だ。

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経営者・事業部門責任者から部長・課長・リーダー層まで、経営の根幹を支える人たちの成長を支援するパートナーメディアを目指します。日々の業務に役立つニュースや小ネタ、組織強化や経営理論まで幅広く学べる記事を提供します。

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