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経営者のあの一言

「相場というものが分かりだしたのは、この頃だ。休みなしに強行軍すると、兵隊はバタバタ倒れる。休みも挟まねばならぬ。「休むも相場」というが、全くその通りである。」 山種証券株(現・SMBCフレンド証券) 創業者 山崎種二

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山崎氏は、1893年、群馬県高崎市生まれ。高等小学校を卒業すると上京し、深川の米問屋に入る。1924年に、山崎種二商店(現・ヤマタネ)を創業し独立。米相場で成功を収めた。売り方に専念していたことから「売りの山種」と呼ばれた。

戦時色が強くなり、1936年に米穀商品取引所が廃止される頃から株式相場に転進。一時、大きな損失を出して廃業寸前まで追い込まれたものの、二・二六事件後の乱高下相場で巨利を得る。

1944年、山種証券(現・SMBCフレンド証券)を創業すると、同社を大手証券会社に育て上げた。なお、戦後は買い方にまわり「買いの山種」と呼ばれていた。ほかに「相場の神様」、「兜町最後の相場師」などの異名を持ち、城山三郎氏の小説のモデルにもなった。また、美術品の収集家としても知られ、1966年に山種美術館を設立している。

掲出は、1920年の株の大暴落で、一時、財産のほとんどを失ったことを振り返っての言葉。

相場格言の「休むも相場」は、あまりにも有名だ。しかし山崎氏とて、この言葉の本当の意味を実感できたのは、数々の歴戦を経てからであったということ。強硬策を実行すべき時なのか、はたまた、それは単なる無理押しとなるのか、判断は非常に難しい。しかし、チャートが上下の動きを繰り返すように、いったん手を休めてじっくり考えるのも、また得策である。

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経営者・事業部門責任者から部長・課長・リーダー層まで、経営の根幹を支える人たちの成長を支援するパートナーメディアを目指します。日々の業務に役立つニュースや小ネタ、組織強化や経営理論まで幅広く学べる記事を提供します。

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