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経営者のあの一言

第247回  「一人だけオフィスに取り残されたとき「これからはおれが一国一城の主なんだ。世界を相手に暴れまわってやるぞ」と心の中で叫んだものだ。」日商(現・双商) 創業者 高畑誠一

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 高畑氏は、1887年、愛媛県生まれ。生家は呉服、食料品、日用雑貨などを扱う小売業を営んでいた。神戸高等商業学校(現・神戸大学)を主席で卒業後、商社の鈴木商店に入社した。実は、三井物産志望だったのだが、折からの大恐慌の影響で採用がなかったのだという。

 1912年、ロンドン支店勤務に。第一次世界大戦前夜のヨーロッパで、高畑氏は大きな取引を次々と成立させ、また、本国を通さない三国間貿易を日本人として始めて手掛けるなど、鈴木商店の業績拡大に貢献した。その功績が認められ、29歳の若さでロンドン支店長になる。

 高畑氏が入社した頃は中堅商社にすぎなかった鈴木商店だが、その後、急成長して「スエズ運河を通る船の10隻に1隻は鈴木商店のチャーター船」といわれるまでになった。ところが、再び起こった大恐慌により、倒産してしまう。高畑氏は、鈴木商店の子会社だった日本商業会社を日商と改め、同社を日本有数の総合商社に育て上げることになる。

 高畑氏は、仕事の鬼だった。夜遅くまで働き、時には買い手が決まる前に貨物船を出港させて、航海中に商談をまとめることもあったという。掲出は、そんな高畑氏らしい言葉。ただし、ただ猪突猛進の人だったわけではない。日商設立に当たっては「スモール・スロウ・バット・ステディ(小さく遅くても堅実で行こう)」をモットーとした。リーダーたるもの、他人が描けない大きなビジョンを持つことが重要だ。ただし、それだけでは会社は危うい。同時に堅実さも持ちたいものだ。

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