中途採用で培ったノウハウを新卒採用に活かし、事業と社員の成長の両立を実現(Chatwork株式会社)

ベンチャー企業では業績が拡大する時、戦力となる人材が足りなくなることが起きがちだ。その際、安易な採用試験を行い、自社にとって様々な意味でデメリットの大きい人材を獲得してしまうケースがある。象徴的なケースは、入社後に人間関係で摩擦が生じたり、担当業務を遂行する力がなかったりなど、問題が続出する場合だ。このような社員が増えると、業績拡大の勢いを失いかねない。だからこそ、キャリアやスキル、性格、社風、業務の仕組みを心得ているか否か、仕事の仕方や求められるレベル、人間関係の構築能力、コミュニケーション力の有無など多角的に丁寧に評価し、精度の高い採用試験を行う必要がある。だが、ベンチャー企業がこのような採用を実施するのは容易ではない。

今回のリーダー:Chatwork株式会社<br>執行役員CHRO兼人事広報本部長 西尾 知一氏</br><br>人事広報本部人事部 マネージャー 内田 良子氏</br>

ベンチャー企業では業績が拡大する時、戦力となる人材が足りなくなることが起きがちだ。その際、安易な採用試験を行い、自社にとって様々な意味でデメリットの大きい人材を獲得してしまうケースがある。象徴的なケースは、入社後に人間関係で摩擦が生じたり、担当業務を遂行する力がなかったりなど、問題が続出する場合だ。このような社員が増えると、業績拡大の勢いを失いかねない。だからこそ、キャリアやスキル、性格、社風、業務の仕組みを心得ているか否か、仕事の仕方や求められるレベル、人間関係の構築能力、コミュニケーション力の有無など多角的に丁寧に評価し、精度の高い採用試験を行う必要がある。だが、ベンチャー企業がこのような採用を実施するのは容易ではない。今回取り上げる企業は、ビジネスチャットツールを展開するChatwork株式会社(本社:大阪市、代表取締役CEO兼CTO山本正喜、従業員153人 ※2020年9月末日時点)だ。同社は業績拡大に伴い、東京証券取引所マザーズ市場へ新規上場する一方で、丁寧な中途採用、新卒採用を続けている。そんな事業と社員の成長のバランスを保つ事例について、執行役員CHRO兼人事広報本部長 西尾知一氏と人事広報本部人事部 マネージャー 内田良子氏にお話を伺った。

リーダープロフィール
西尾 知一(にしお ともかず)

日本放送協会(NHK)やシナジーマーケティングを経て2017年にChatworkに入社。2020年7月、執行役員CHRO兼人事広報本部長に就任。

内田 良子(うちだ りょうこ)
新卒で銀行へ入行し、営業や資産運用を担当。転職後は、小売、流通系企業で人事を経験する。2018年にChatworkに入社。

IT人材の採用で掲げている「現場志向」

中途採用で培ったノウハウを新卒採用に活かし、事業と社員の成長の両立を実現(Chatwork株式会社)
2000年に創業した同社は、2011年から、ビジネスチャットツール『Chatwork』のサービスを開始。メッセージのやりとりの他、タスク管理やファイル管理、 音声通話やビデオ通話ができるツールとして、現在多くの企業で利用されている。同社は2019年9月に、東京証券取引所マザーズ市場に上場を果たし、成長拡大を続ける会社だ。

Chatworkは、創業期から毎期、速いスピードで業績を拡大していくため、即戦力である20~30代の人材の中途採用に重きを置いてきた。最近3年間の中途採用試験では、69人を正社員として採用している。2020年9月末時点の従業数は153人。職種の内訳は、開発系(エンジニアなど)68人、ビジネス系(営業やマーケティングなど)62人、管理系(人事や総務、経理など)23人だ。

現在、IT業界では、特にエンジニアの人手不足が深刻化している。そのため、同社はエンジニアの採用、定着、育成に一段と力を注いでいる。中途採用の方針として掲げるのが、「現場志向」。

その1つが各部署のマネージャー(部長)に権限を大幅に委譲し、現場のニーズに合致した人材を獲得することだ。選考の方法や時期は、マネージャーが人事広報本部に申請し、人事広報本部はマネージャーの考えや意向をできるだけ尊重したうえで承認をしている。

採用方法は各部署や時期により若干異なるが、エンジニアの場合は求人サイト、転職エージェント、リファラルのル―トが多い。現場志向を徹底させるために、転職エージェントのルートはマネージャーがエージェントのコンサルタントと直接会い、求める人材やスキルを伝え、人材の紹介を受けている。通常の中途採用はまず、書類選考から始める。最も重視するのが、エントリー者のスキルだ。

「当社が求めるレベルは相当に高いので、スキルを丁寧に確認します。そのレベルのスキルを身につけていると思える人材は30歳前後。ただ、20代であっても、今後、伸びる可能性が高い人は通過させることがあります」(西尾人事広報本部長)

書類選考の通過後は、1次面接、体験入社、2次面接(最終)と進んでいく。1次面接は、配属予定部署のマネージャーと中堅のエンジニア(一般職)の2人とエントリー者1人で、約1時間実施する。面接官の2人がキャリアやスキルを確認しながら、人柄を含め、一緒に仕事ができるか否かを見る。通過者には、コードを書かせるなどの課題を与え、次のステップである「体験入社」の時に課題を持参してもらう。

※下部の写真はコロナ禍以前の様子となり、現在は全社員が在宅勤務推奨となっています。

「体験入社」でカルチャーに合う人材であるかを念入りに確認

中途採用で培ったノウハウを新卒採用に活かし、事業と社員の成長の両立を実現(Chatwork株式会社)
「体験入社」では、エントリー者が東京オフィスもしくは大阪オフィスで配属予定の部署に加わる。以前は「1日」であったが、現在はコロナ禍の影響で「オンラインによる体験入社」を時間短縮したうえで実施。コロナ禍の前は仕事の依頼をされたり、ランチを一緒に食べたりなど、1日中、配属予定部署のマネージャーやエンジニアと一緒に行動を共にした。同社はこの「体験入社」は特に重視しているという。それは、入社後、配属部署の社員たちと良好な関係を作り、高いパフォーマンスの仕事をすることができるどうかを判断するためだ。

「中途採用の場合、勤務した会社のカルチャーに染まっている人が比較的多く見受けられます。当社にもカルチャーはあるが、双方の違いが大きいと入社後にミスマッチとなりえます。カルチャーの違いはどれぐらいあるのか。克復できるものか否か。これらを社員と一緒に行動し、配属部署の部員全員で確認します。過去の中途採用試験では、体験入社をしなかった時期はありますが、その時に入社した社員の定着率はやや下がる傾向があったのです。定着率を上げ、パフォーマンスを上げていくためにも「体験入社」は、大切な試験と位置づけています」(西尾本部長)

「体験入社」の最後は、1次面接通過後に与えられた課題をエントリー者が、マネージャーやエンジニアの前で発表する。そして、それを受けてマネージャー、エンジニアが質問を行う。西尾本部長によると、「質問だらけ」になるほど白熱した内容になるという。面接官はやりとりでの回答や受け答えの様子、態度も丁寧に観察する。発表後も、全社員が使うチャットワークでエントリー者とマネージャー、エンジニアが議論することもあるという。

課題発表の後は、マネージャーが同席したエンジニアの意見を聞き、合否を決める。エントリー者の約7~9割は、この時点で不採用になるそうだ。合格となったエントリー者は、配属予定の部署の担当役員と人事広報本部長の2人との2次面接に進む。

「2次面接では、あらためて人柄も確認しますが、当社のカルチャーと合うか否かをやはり重点的に見ています。2004年の設立以来、柔軟で働きやすい職場づくりをこれまで行ってきました。自由な社風である一方、本人が仕事のパフォーマンスにしっかりと向かい合うことを当社は大切にしています。自分を律して仕事ができる人であるかを念入りに確認したいため、何度もカルチャーが合うかどうかを見ているんです」(西尾本部長)

中途採用のノウハウを活かし、初の新卒採用をスタート

このような中途採用試験を繰り返す中、精度の高い選考方法を組織として身に付けたと役員や管理職たちは確信し、2018年秋に、初の新卒採用(20年入社)の実施を決定した。対象は、専門学校や大学、大学院などの卒業見込み予定者。採用者は1人だ。

同社は新卒採用の体制を強化するため、19年1月に金融機関や小売・流通系で人事・労務の経験が豊富な内田良子氏を人事の実務責任者として採用した。内田氏は当時をこう振り返る。

「会社として初めて挑戦する新卒採用でも、Chatworkは十分に成果が出ると思いました。以前から、エンジニアを始めとした社員たちが書類選考から面接、体験入社、課題、内定までに関わり、優秀な人材を獲得してきました。そのプロセスを経て、入社した社員のスキルは総じて高いのです。経営理念やカルチャーにマッチするため、定着率も高く、中途採用試験はおおむね上手くいっていると思いました。このノウハウは、新卒採用にも十分に活かすことができると私はその時考えたのです。ノウハウの精度をさらに高めることで、採用の勝ちパターンをつくれば、きっと採用も大きく成功すると感じました」(内田氏)

一方で、内田氏は課題も見つけたという。それは、管理職の部下育成力だ。たとえば同社の場合、エンジニアが数人でチームをつくり、そのチームのマネージャー(主に課長)が育成を担当する。このチームに新たに社員が入る場合、従来は中途採用試験を経て採用された即戦力の人材だった。ここに新卒者を加えた場合、育成をどうすると効果がより上がるか試行錯誤したという。

「今後、新卒の育成体制を整えるにあたって、現時点では、自分で成長しようとする意欲や情熱が特に入社者に必要になってきます。いわば自走式の人材の資質を兼ね備えていることが、何よりも大切だと思いました」(内田氏)

そこで、18年秋から19年春までは、新卒採用の体制を整えながら、次のような人材をターゲットにしたという。

「エンジニアで、プログラミング言語のScala(スカラ)の基本をマスターしている学生」。

Scalaはオブジェクト指向言語と関数型言語の特徴を合わせて作られたプログラミング言語だ。最近はScalaを採用するIT企業が増えているが、Scalaを使えるエンジニアは依然少ない。

内田氏は、ある関西の専門学校2年生の男子(20歳)に着目していた。学生は、内田氏が入社するよりも数ヵ月前に関西で開催された「採用イベント」に参加していたそうだ。イベントに参加した複数のIT企業も目をつけ、同社のエンジニアも学生を高く評価した。学生がScalaの基本を心得ていたことに加え、同社のカルチャーにマッチしているように思えたからだ。

内田氏は、同社のエンジニアから次のことを聞いていた。

・自らの課題や問題点を自分で見つけ出し、克服しようとする意志や意欲を持っている
・反骨精神を持っており、例えば、他者と比べて自分がどのレベルなのかを把握したうえでスキルアップしたいと考えている。エンジニアリングスキルを磨こうとする姿勢がある
・Chatworkにエンジニアとして入社したい、という明確な考えを持っている


エンジニアからの評価を聞いた内田氏は、学生が自走式の人材の資質を兼ね備えている可能性が高いと察知した。そして、エンジニアの採用責任者である執行役員CTO兼開発本部長らと話し合いを続け、その学生に正式にアプローチすることを決めた。


※下部の写真はコロナ禍以前の様子となり、現在は全社員が在宅勤務推奨となっています。
中途採用で培ったノウハウを新卒採用に活かし、事業と社員の成長の両立を実現(Chatwork株式会社)

新卒採用でも徹底したカルチャーとのフィット

学生との1次面接でマネージャーが重点的に確認したのは、スキルと学び続ける意欲があるか否か、いわば自走式の人材であるかどうかだ。そのうえで「ベンチャー企業志向であるか」、「素直に自分の問題点や課題を振り返ることができるか」、「上司が育成できうる人材であるか」などの観点で選考した。

2次面接でも確かめるのは、「自力で走ることができる人材であるか。自ら学ぶことができるか否か」だ。内田氏はこう語る。「面接官の開発本部長は、あえてプログラム言語についてややレベルの高い質問をしました。すると学生は、懸命に答えようとしていました。そこに素直で、誠実で、ひたむきさを私たちは感じたのです」。

2次面接後の体験入社の内容は、中途採用とほぼ同じにした。3人のエンジニアが中心となり、学生と行動を共にした。確認したポイントは、「カルチャーに合っているか」だ。そして、次の最終面接でも社長が重点的に確認したのは、やはりカルチャーとの相性だった。

「Chatworkに共感をしてもらえるか、そのうえで普段のコミュニケーションが正しくできるか否か。この2つを特に私たちは見ています。弊社で仕事をする際、このオフラインの能力はとても大切。そのような力があり、本音ベースで話し合える人材だと確信し、学生に内定を出しました。素直で、誠実に仕事に取り組む姿勢を持ち、技術力が高いエンジニアへのリスペクトが強いことも高く評価しました。自走式の人材になるために大切な要素だからです」(内田氏)

翌年の21卒採用はサマー8を行い、その後Chatworkを希望する学生に新卒採用試験を実施。その結果、現在4人の内定者がいる。試験の流れや重きを置くポイントはこれまでとほぼ同じだ。今年は、新型コロナウィルス感染拡大を防ぐために、22年卒の学生にはオンラインによる8や面接を実施した。内田氏は「入社後、Chatworkと本人の双方にとって不幸にならないようにしていきたいです。そのために今後も学生と会社の相性を見ながら、力を注いでいきたいと思っています」と語る。

今回の取材で2人とも強調していたのが、「カルチャーにフィットする人材をいかに選ぶか」だった。IT業界ではエンジニアの人手不足が深刻化しているため、中途、新卒ともに時間をかけて丁寧に採用試験を行うことは難しい場合がある。成長著しいベンチャー企業では、それが顕著になる可能性は高い。そのため、同社のように「体験入社」などを実施し、丁寧に観察し、自社に合うか否かを深く判断する企業は少ないといえるだろう。そのうえ、中途採用試験で精度の高い試験を行うことがまだできていないにも関わらず、新卒採用に踏み込んでしまうケースも多いように思える。今回の事例は、中途採用試験で精度が高い選考のノウハウを身に付け、新卒採用でも成功したという点で学ぶべきものがあるのではないだろうか。