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人財を活かす経営変革:働き方改革を推進するマネジメントとは― 人財を活かす”経営変革フォーラム講演録

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自閉症の長男を含む3人の子と、うつ病を患い43回の入院と3度の自殺未遂をした妻を抱えながら、同期トップで東レの取締役に就任した佐々木常夫氏。実体験を通じて語る、家族のあり方と、仕事のあり方。また、真のワークライフバランスを実現させるために必要なマネジメント手法や、その実例などについて、お話しいただきました。

私の家族について

最初に私の家族についてご紹介します。子供が3人いますが、長男は自閉症という障害を持って産まれました。自閉症はこだわりが強く、コミュニケーション能力に欠陥があるのが特徴です。幼稚園は集団生活ができずに2ヵ月で退園、小学校でもトラブル多発で、私は頻繁に呼び出されました。山登りが好きな子で、毎週家族で山登りをしました。中学時代はイジメによって不登校になり、高校時代は幻聴に悩まされました。その後も社会性が身につかず、今でも週に3回施設に通う生活が続いています。
次に私のパートナーについてお話しします。1984年に急性肝炎で入院したのを皮切りに、以後20年にわたって肝硬変やうつ病で入退院を繰り返しました。また、2000年から2001年にかけて3回も自殺未遂をしました。そもそも、なぜうつ病になったのか。要因はいろいろありますが、一つは自分が原因で障害を持った子供を産んでしまったと思っていたこと。もう一つは、彼女は典型的なA型人間で、家事などに手を抜かない完璧主義者だったためです。自分が病院で寝ている間、旦那が仕事をしながら家事もして、障害のある子供の面倒まで見ている状況が辛かったのでしょう。自分を責め、それがうつ病を悪化させていました。

この苦境をどうやって乗り切ったか

1984~1987年、パートナーは肝炎のため3年間で5回入院。3人の子供は当時、中2、小6、小5。そうした中、私は仕事も家事もすべて計画的・戦略的に行おうと、毎朝5時半に起床して、3人分の食事と弁当を作り、18時には退社。土曜は病院に見舞いに行き、日曜は一週間分の家事をしました。一方、会社では仕事の計画性・効率性を徹底させました。
1997年~2003年の間に、パートナーは約40回の入院を繰り返しました。できるだけ計画的・戦略的行動をしようと心掛けましたが、残念ながら私は経営企画室長をやっていました。つまりトップマネジメントのスタッフです。社長から会長、副社長、専務までいろいろな人がおり、上司が常に7~8人いるような状態です。当時の東レは会議の回数が多い上に時間も長く、資料も読み切れないくらいありました。おかげで私は定時には帰れなくなりました。
ただ、私は持って生まれた楽天主義者で、いつかきっと良い日が来ると信じていました。あれだけ入退院を繰り返していた我がパートナーですが、2003年以降は一度も入院をしていません。なぜ彼女は回復したのか。2003年は私が東レ経営研究所の社長になった年です。
私は社長ですから、会社の仕事のやり方は私が決められます。つまらない会議はやらない、会議はできるだけ短くする、資料は簡潔にまとめる、という方針をとりました。忙しいときの残業は仕方ないですが、通常は全員定時に帰ってもらいました。私自身も毎日家に早く帰り、彼女をサポートできるようになったので、それが安心感に繋がり、うつ病を治していったのだと思います。

私は自分の家族のために時間を確保しなければなりませんでした。それは皆さんも一緒だと思います。映画を観たい、本を読みたい、自己啓発の勉強をしたい、いろいろとやりたいことがあるのに、それができない最大の障害が、長時間労働と非効率労働です。仕事の成果と長時間労働とは、必ずしも関係はありません。


この後も、家族と過ごす時間を確保するため、自ら陣頭に立って非効率労働の撤廃を推進した佐々木氏の奮闘ぶりが紹介されます。レポートはまだまだ続きます!

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