ミドルの戦略的活用による組織活性

“人財を活かす”経営変革フォーラム 講演レポート。「ミドルの戦略的活用による組織活性」をテーマに学習院大学 経済学部経営学科 教授 守島 基博 氏による講演の模様をお届けする。

学習院大学 経済学部経営学科 教授
守島 基博 氏
86年米国イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。人的資源管理論でPh.D.を取得後、カナダ国サイモン・フレーザー大学経営学部Assistant Professor。慶應義塾大学総合政策学部助教授、同大大学院経営管理研究科助教授・教授、一橋大学大学院商学研究科教授を経て、2017年より現職。厚生労働省労働政策審議会委員などを兼任。著書に『人材マネジメント入門』、『人材の複雑方程式』(共に日本経済新聞出版社)、『人事と法の対話』(有斐閣)などがある。

ミドル・マネジメントの機能低下

 皆さん方は、「ミドルの戦略的活用による組織活性」というような言葉を聞いて、何を思い浮かべられますか?恐らく、ミドル・マネジャーの戦略的な活用を思い浮かべるのではないでしょうか。例えば、私の先輩である野中先生のミドル・マネジメント論などが有名です。また、最近は「最近ではミドル・マネジメントの機能が低下している、日本全体の組織が低下してきている」という議論が多く聞かれます。例えば、経団連の報告書では、「取り巻く厳しい競争環境下において、主体的に考え、行動できる実行力、リーダーシップが必要である。自社の経営戦略や方針を噛み砕いて部下に伝えたり、部下の要望や意見に耳を傾けて上司に進言したりするなどの発信力や組織調整力などが必要である」と報告しています。これがよく言われるミドル問題です。

 実際、「国際比較で見た日本のミドル・マネジャー」というリクルートワークス研究所が発表した面白いデータを見てみると、中国、インド、タイ、アメリカ、日本を比較して、普段、「成果を出すためにどんなことをやっていますか?」ということを聞いています。『部下の裁量にゆだねる、部下の長期的な能力を高める、チームワークを重視する、新しいやり方を試す、リスクをとる、不測の事態に自ら対処する』といった質問です。

 これで見てみると、おしなべて日本がかなり低いんですね。『部下の裁量にゆだねる』というのが、インドでは26.5%あるのに対して日本では7.0%しかない。『チームワークを重視する』で一番高いのは36.4%のタイ、日本はアメリカと並んで19.8%。『部下の長期的な能力を高める』も日本は、12.8%と一番低い。新しいやり方を試す、リスクをとる、不測の事態に自ら対処する、というのも同じ。国際比較を見ても、日本は何となく問題を抱えているなあ、というのが分かります。

人生を見通せない“キャリアミスト”

 こうした流れに対して、もう一つの見方があります。例えば、経営学者の金井先生です。先生は、ミドルというのは「日本では、組織内の階層上のミドル、つまり中間管理職の立場にある人をさすばかりでなく、人生の途上での壮年期、もしくは中年期に入っている人。人生の真ん中に来てキャリアを歩む上でもキャリア中期を過ごしつつある人」と説明します。

 本日、今日考えたいミドルというのは中高年の人たち、40歳くらいまでにキャリアを歩んできた人たちのことで、さまざまな組織で活動されてきた人たちが沢山います。大きな問題なのは、企業の中でその人たちが活用されているのか、ミドルの人たちがちゃんと自分のやるべきことを理解して、頑張ってその目標を達成しようとしているのかということです。

 単にミドル・マネジャーが機能しなくなっただけではなくて、ミドル世代の人たち全体がミドルの仕事を達成していない状況にあるのではないか。ミドル自身が中間期にあるにもかかわらず、それ以降のキャリアなり人生を見通せなくなってきているのではないか。“キャリアミスト”という言葉を学問の世界では使いますけど、霧がかかってきている現状が浮かんできます。

 実際、何も役職についていないミドルの方たちはもっとひどい状況になっています。キャリア展望が見えなくなったミドルが不活性化したりモチベーションが下がったりしている。総じてミドルが活用されていない企業が増えてきたのではないでしょうか。せっかく若いときから育成してきて能力を高めた人たちが、活用されてないということがあるとすれば、企業の人材マネジメントとしては非常に大きな問題であるといえます。

ミドルの半分が「期待されてない」と考えている

ミドルの戦略的活用による組織活性
 リクルートワークス研究所で実施した調査を見てみると、「成長実感をもっている」と回答した割合は、若年層(20歳代前半)の55.6%に対して、ミドル(40~49歳)では44.5%。ミドルの人たちが成長してない、新しいことにチャレンジしてない、学んでないということが見えてきます。

 役職についていない40歳代(40~49歳)が約68%もあります。「上司が自分に期待してくれているか」という問いに対しては、40歳代では否定的な回答が18%、どちらともいえないが32% つまり半分の人たちが期待されてないと考えているわけです。ミドルの問題として、本当にこういうことが起きているとすれば、企業にとっては大きなロスになります。

 新入社員が入り、一生懸命に良い人材育成をして、それが40歳くらいになると約半分が「自分のキャリアは先が見えない、展望がもてない」と思ってしまう。また実際にそういう人たちを企業の中で十分に戦略的に使いきれてない状態が起きている。それは大きな人材のロスではないでしょうか。そういう人たちをきちんともっと使いこなせば、企業にとってある程度の成果を収めるということがあるのではないでしょうか?

心理学者のユングが呼ぶ「人生の正午」

 心理学者のユングが「人生の正午」と呼んでいるのが、だいたい40から42歳あたりで青年期から壮年期に移る時期です。人生全体の真ん中であり、40歳がキャリアの折り返し地点であるという考え方が日本の中ではあまりありません。

 人生の正午にいる人たち、青年期から壮年期に移る40歳ぐらいの人たちがそれ以後のキャリアを見いだせずにいる。自信がなくなってモチベーションが下がり、人材としての貢献度が下がっている。中間管理職にラッキーでなったとしても、管理が厳しくて自分たちの仕事を一生懸命やっていく状況におかれていない、権限が委譲されていない。

 さらに皆様の企業で、降格であるとかポストを引き下ろすとか、それが一体どれくらい行われているのかを考えていただきたい。極端ですけど、もし本来ひとりでもそこにいるべきでない人がそこにいるとすれば、人材の隠れたロスになります。なぜかというと、もしそこにベターなシフトするべき人間がいれば、成果があがるかもしれないということがあり得るからです。結果として、そこにいるべきでない人間がいるとすれば、そういう人たちのモチベーションも下がってくるわけです。

組織の競争力を削ぐ可能性

ミドルの戦略的活用による組織活性
 今、日本の企業の中で、人材を精一杯使っていない、本人の持っている能力をキャパぎりぎりまで使っていない、ということが企業の責任だとすれば、人件費の無駄だと思うんですね。これは大きな人材ロスでどうやって解決していくのかが大きな問題です。ミドル・エイジの人が一生懸命に能力を高めてきたのにもかかわらず活用されていない、もしくは期待されていない。それは無駄の多い人材活用であって、結果としてみると組織の競争力を削いでいる可能性があるのではないでしょうか。

 不活性なミドルというのは、本当はほとんどが優秀な人材です。能力もスキルも高い人たちで、真面目で意欲的でポテンシャルが高い人材なのに企業とのミスマッチが生じている。きちんと役割を与えてあげれば、活躍できる人材です。それが不活性の問題です。

 それではなぜ最近、こういう問題が重要になってきたのかというと、日本企業の経営戦略が昔と比べて大きく変わってきたからです。長期的成長を目指した経営から、短期的な収益のための事業の選択と集中、事業再編などへ戦略が転換されてきた。それと同時に、戦略人事というのが重要になってきました。

 必要な能力やスキル、戦略が変化したために、それまでは重要だったのに必要でなくなった人材というのがだんだんと増えてきた。 戦略の変化に合わせた人材ニーズの充足が、人材マネジメント上の課題になればなるほど不活性化した人材というのが増えてくる。ある意味、矛盾した問題ですけど、それをどう考えていくのかが大きな課題にあげられるように思います。

バブル期の大量採用とその後の採用抑制

 またバブル期に大量採用した人材=バブル・バルジ(バルジbulgeは英語で膨らんでいる部分の意)と、その後の採用抑制、バブルが崩壊した後に多くの人を採用していないということがあります。そこで起きた問題は、大量採用した人たちを活用できる管理職ポストが無くなってきていることです。
もうひとつ、この世代の特徴は後輩が少ないことです。バブルが崩壊し、それ以降の採用が手控えられたからです。そのため、指導する機会が少ない。そしてこのことは、人材マネジメント上、問題がある。なぜかというと、後輩の面倒をみたり、物事を教えたり、小言を言ったり、褒めたりする中からリーダーシップが育つからです。

不活性化されたミドルの刷新

ミドルの戦略的活用による組織活性
1990年にバブルが崩壊し、多くの企業で、バブル時代に採用された人たちというのは、40歳、45歳、50歳といったミドル・マネジメントの年齢に入ってきています。リーダーシップをきちんと学んでこなかった人たちが中間管理職になり始めたのにもかかわらず、そのための能力がない。中管理職にしようと思ってもなかなか登用できない。人材の無駄がさらに大きくなります。

さらに人件費を減らすためにいろいろな企業がポストを減らしている。結果として、管理職になれない人が増えてくる。組織のスリム化が起きて、不活性化ミドルが増えています。また企業はここ暫く、早期選抜型人事にもの淒いお金をかけている。でも、選抜されない人たちには、あまり使われない。

早期選抜や彼ら・彼女への大きな投資自体は、どこの企業でもやっていることで、別に悪いことではありません。ただし、さまざまな副作用が起きてくる。不活性化されている人たちに人事がきちんと対応できていないとすれば、企業の競争力の低下につながっていくのではと危惧します。

考えるべきポイントというのは、今の人材マネジメントで解決できないのであれば、それを変えることによって、不活性化されたミドルを刷新していく、活用できるようにしなければいけないのではないでしょうか。人事がどこまで対応できるのか、というのが非常に大きな課題です。

それでは経営者や人事は、どのように考えていけば良いのか。4つのポイントがあると思います。1番目は、雇用責任に関する雇用概念を企業は変えていかなければならない。2番目は、人生の勝負・40歳地点がキャリア上の折り返し地点であることを認識して、それなりの施策を入れる。3番目は、本当は優秀なのに、活躍する場が与えられてない人たちに対してどういう場を与えていくのかを考える。4番目は、キャリア自律を考えていくことです。

“雇用責任”概念の見直し

今までの「雇用責任」というのは、雇用を守ってあげることと企業は考えてきました。これからの雇用責任というのは、本人が雇用を守ることができるように能力開発を行うこと、きちんと育成をしてあげることです。それが本当の雇用責任だと私は思います。

わが社で通用する人材育成から、仕事が本当にできて、極端に言えば、他社でもしっかりと仕事ができる人を育成する。そういうことをきちんと考えていかないといけません。企業の状況によっては人の首を切らなければならない、解雇しなければいけないという状況もでてきます。雇用責任をぎりぎりまで守った上で、それでも解雇しなくてはならないのであれば、別の所へいけるような面倒をみていくことは必要だと思います。

もちろん、このことは企業にとっては有利な面でもありますが、優秀な人材に逃げられるかもしれないという大きなリスクも伴います。でもそれは別の手段でリテンション(維持・確保)する。彼らに対して魅力的な働きがいのある仕事やキャリアを与えたりしてリテンションをはかっていく。

キャリア自律という心理的契約

ミドルの戦略的活用による組織活性
 第2が、40歳という節目の扱いです。40歳以上になって、キャリア自律を考えて下さいといっても、それはなかなか難しい。多くの企業で、キャリア研修はミドルを過ぎてからやります。キャリア自律への意識を促したり、自分のスキルを棚卸したりするものが多い。
私は、キャリア自律というのは、私は、本人と企業との心理的契約だと思っています。 「企業はこういうことをやってあげます、ここまでやってあげるんですよ。だから働く人はここまでやってください」という交換関係です。そういうものが成立して初めて、キャリア自律が出てくるのだと思います。

 40歳以上になってあなた方は要らなくなったからキャリア自律してください。それまでは、ミドル・マネジャーにいけるかもしれない、上にいけるかもしれない、と幻想を抱かせながらやって来て、突然、「あなたは自律を考えて下さい」といっても、必ずしも考えられないというのが実態ではないかと思います。

キャリア自律研修は30歳くらいから

 キャリア自律の訓練は、だいたい30歳くらいからやらないとうまくいかないですね。早期からのキャリア自律の研修、意識づくりというものをやっていかなければいけない。よく「40歳以前にやったら会社を辞めちゃうよ」とおっしゃる方が出てくるんですけど、それを含めたうえで若いときからやっておかなければならない。

 それをしないと、将来が見えないキャリアミストの状態の中で、自分の生き甲斐や働きがいのある仕事が見えてこなくなる。突然、他に自律的に自分のキャリアを考えて下さい、と言われても、殆どのひとはそうしたことが出来ない。これは働く人にとっても、企業にとっても大きな問題だと思います。

トップではないミドルのパワーアップが重要課題

 第3は、ミドルが活性化して、活き活きと働いていくというのが重要だと思います。企業の中での自分のやるべきことを認識して活き活きしていく。あるいは、他の企業に移ることを考える。ミドルパワーと私は呼んでいますけども、そういう時代が来ないとこれからは難しいと思います。

 そのためには、日本の人材マネジメントの在り方をこれまでのやり方から、さまざまな形に変えていかないと難しい。戦略的人事というと、トップの優秀な人には光を与えますけど、企業の活性化を考えたときには、そうではない多くの人たちに対してどういう光を与えていくのかというのが、重要な領域です。お荷物だという認識ではなく、ミドルをパワーアップに繋げていくというのが、今日の重要課題です。
 具体的には、人材マネジメントの変革が必要です。長期雇用政策の見直し、“年功的人事”からの最後の決別、職務を中心とした処遇体系の構築、キャリア開発の仕組みの変革など、様々な施策が必要となります。それらは企業全体の人事マネジメントのパラダイム・シフトをもたらすものになるでしょう。
 そして、4番目、最後がここまで来て初めて、キャリア自律ということになる。企業が働く人にキャリア自律を求めるのであれば、自分の方も、それなりの覚悟と施策が必要です。こうしたことを実現するために経営者・人事にとっても最も必要なのは、ミドルを活用しようとする本気度と周囲への説得だと思います。