経営戦略の実現を可能にするためのリーダー育成とは

HRサミット・経営プロサミット2015講演レポート。「経営戦略の実現を可能にするためのリーダー育成とは」をテーマに元P&G米国本社 組織変革・HR担当ヴァイスプレジデント / AIDA LLC代表 会田 秀和氏による講演の模様をお届けする。

元P&G米国本社 組織変革・HR担当ヴァイスプレジデント / AIDA LLC代表
会田 秀和 氏
プリガム・ヤング大学マリオットスクールオブビジネスで組織行動学修士を取得後、オハイオ州シンシナティ市にあるP&G 本社に入社。同社において、人事および組織デザインの社内プロフェッショナルとして、P&G フィリピンの改革、P&G ジャパンとP&G コリアのグローバル化、P&G グレーターチャイナの改革などを手がける。現在、AIDA LLC(Aida Consulting LLC)代表として経営戦略、組織デザイン、戦略的人材マネジメントに関するコンサルティングを行っている。他にアストラゼネカ株式会社の社外取締役、ビジネス・ブレークスルー大学大学院客員教授(組織行動学)。著書に『P&G 流 世界のどこでも通用する人材の条件』がある。

日本企業は変化に勝てるリーダーを育成していない

 1980年代に世界トップの成長力を持っていた日本は、現在21位まで落ちました。マーケット、コンシューマー、テクノロジーのチェンジが起こっています。同じやり方でやってきたはずの日本がここまで落ちてしまったということは、変わらなければ再び勝つことはできないということを意味します。変革を起こし、組織を強められるリーダーが必要です。フォーチューン誌の「トップ50」の1995年と2013年を比べると、50社のうち残っているのは9社のみ。そこに君臨するのがGEとP&Gです。その理由として、この2社では、企業を運営するリーダーが新しいビジネスモデルを構築し、古いビジネスを淘汰して新しい組織能力をつくってきたことが挙げられるでしょう。私がいたP&Gは、変革が日常茶飯事で、色々なレベルにリーダーがいます。
失われた20年を経てもなお、日本の多くの経営者は変革について真剣に考えていません。日本の会社は終身雇用、年功序列、指揮命令型、量より質の働き方を続けています。これらの組織モデルを固執して守ろうとしているのです。

 ヘイグループというコンサルティング会社のサーベイによると、「将来のリーダー候補が社内に十分にいる」と回答した日本企業はわずか24%です。武田製薬の長谷川閑史会長とかつて話した時に、「一生懸命探しているのに、後継者がまだ決まらない」と言っていました。老舗の有名な会社であるにも関わらず見つけられないのです。どうするか見ていたら、外国人を持ってきました。ニッセイもトップは外国人です。また、ヘイグループのリーダー育成についての調査では、「キャリアパスが明確である」と答えた日本企業は25%で、「全体でリーダーシップを発揮する機会がある」は50%です。このような現状を変えないとリーダーは育ちません。

 私はコンサルティングをする中で色々な人と接触しますが、まず言えるのが「リーダーシップの明確な定義を持っている企業がいない」ということ。リーダーシップには色々な説明があり、定義もバラバラです。管理者は育成してもリーダーは育成していません。たしかに日本には素晴らしい管理者が多く育っていて、この点においては日本が世界一だと私は思います。彼らは知識豊富で管理技術も素晴らしいです。しかし彼らはリーダーではありません。また組織がリーダー育成の障害になっているのが問題です。
最も重要なのは、経営幹部が自社のリーダー育成に、本気で取り組んでいないということです。他人任せ、つまり人事任せです。教育機関もリーダーを育成せずに調和のとれた人間ばかり育成しています。大学院でも教えません。教えても企業に入ると潰されてしまいます。これが日本の現状です。

マネジメントとリーダーシップの違い

経営戦略の実現を可能にするためのリーダー育成とは
 マネジメントとリーダーシップは違うものです。マネジメントは枠組みがあり、決まりがあり、その中で行動して結果を出すことを言います。戦略、制度、評価、働き方が決められていて、その中で今日期待される結果を出します。この点では日本は世界一です。
これに対してリーダーシップは、違った環境、違った競合に出会う中で、自分たちの今までのやり方が危うくなっているという見解を基に将来の構造をつくり、必要な変革を起こすことです。日本企業は、これをやろうとする人を潰そうとします。調和できない人だからです。今までずっとやってきて、自社の成功モデルだと思っていたことを潰そうとするな、言われたことをやればいいのだと考えます。その結果、トップは下の人について、自主性がない、発想が出ていないと嘆きます。

 1人の中に、マネジメントとリーダーは共存可能で、企業が成功するには両方が必要です。生産ならマネジメントで良いでしょう。はっきりとした目標を立て、仕組みを整えてコストを下げるためにコントロールしていくやり方です。これが日本のマネジメントのやり方で、それがかつては強みでしたが、環境が複雑化し、変革を起こさないといけないときにはリーダーシップが必要です。

 リーダー育成のために戦略を考えることが必要です。3~5年でどういう処理をするか、それに必要な組織をどうつくるか、どう実践するか考えます。それから制度の仕組みも変えないといけません。報酬制度、業務工程、仕事のやり方、従来のリーダーシップの考え方も変えます。今までは協調性のある企業を雇っていましたが、これからはもっと違う人を雇わないといけません。IT系の人はその典型で、考え方も仕事のやり方も服装も違います。こういう違った人を取り入れ、情報システムも変えます。組織の中身を変えるには、コンシューマーや競合の考えについて、どれだけ情報を持っているかが重要です。戦うためには構造も変えないといけません。
サントリーの人とよく話しますが、彼らは世界に出ていくために、海外事業部なのかマトリクスなのか、管理体制という構造を変革しようと考えています。戦略と組織能力がペアになって成果が出てきます。組織デザイン的、行動科学的な考え方で戦略をつくり、構築します。ビジネスは事業部長でマネージできますが、ユニークなリーダー育成、人材育成、組織能力の育成ができるのは経営者です。その権限は人事にはありません。経営者がリーダー育成の戦略を立て、仕組み、制度、プロセス、文化を構築し、経営者が主導しなければなりません。

リーダー育成の障害になる企業文化を改善してこそ仕組みが機能する

経営戦略の実現を可能にするためのリーダー育成とは
 日本でも色々な企業がプロのマネージャーを採用し、トップの移動が起こっています。ローソンの新浪剛史さんがサントリーに行き、マクドナルドの原田泳幸さんがベネッセに行きました。多くの企業も人材、リーダー育成に関する根本的な見直しをするべきです。これは戦略的に行うことが重要で、企業としてリーダーを育成するという意思決定が必要です。リーダー育成を企業戦略の一貫として位置づけます。ビジネスと組織を分ける傾向がありますが、組織戦略があってビジネス戦略があります。日本の大企業は、管理者がリーダー育成の責任を負っているという認識がありません。管理者はビジネスをマネージすることが仕事で、人材育成をやらなければいけないとは言いますが、実際やっていません。評価制度でもマッチしていないので、ビジネスのほうに力が行ってしまっています。それから、人材育成にどれくらいお金をかけるかという、スポンサーと予算の設定も重要です。また、なぜやるかという目的意識も大切になります。

 私がP&Gにいるとき、ジェネラルマネージャーは全て外国人でした。そこで私たちは「5 by 5」ということを考え、10人のジェネラルマネージャーのうち5人は日本人の人員でやろうと目標を立てました。誰がやるのか、そのためにどういうことをしないといけないのかを考え、実行していきました。かつて日本人はリーダーシップがないというラベルが貼られていましたが、現在のP&Gのアジアの社長は日本人です。明確に目標と決意を持ち、実行することで組織は変わっていきます。

 日本の場合、リーダー育成に障害となる組織文化が存在します。まず極端な指揮命令が挙げられます。極端な指揮命令は、イニシアチブや積極性を損ない、言われたことだけをやる人材が育ってしまいます。指揮命令はマネージャー育成には最適ですが、リーダーを育成しようとするとこれが障害になります。次に年功序列です。競争がなく、何年か経てば皆が上がって行くので、リーダーシップを発揮しようという人が出てきません。極端な調和主義もいけません。大きな会社に行くと、協調性のある人が必ずいます。協調性は大事ですが、同時に新しい見解でやり抜く、行動力のある人を雇わないといけません。上司依存型は自主性をそいで発想力、想像力を失わせ、リスク回避ばかりする人材をつくります。リーダーシップとは、ある程度のリスクを取れるということです。

 このような現状がある以上、土壌ができていないのでいくら仕組みを入れても、リーダーは育ちません。強い人間ならこの中でも芽を出しますが、全体的にリーダーシップを育てようとするなら変えなければなりません。

 GEやP&Gなど、日本企業でもリーダー育成ができている会社はどのような組織風土かというと、権限移譲、実力成果主義、明確な業務責任があります。かつてソニーには「アイデアの民主主義」という発想がありましたが、このようにまずやらせてみることです。社長も部長も平社員も、皆で意見を言い合い、ベストな意見を採用していけば、その土壌の中でリーダーが出てきます。また実力成果主義により権限を与えていきます。実力成果主義については、日本は将来、必然的に変わっていくでしょう。明確な業務責任として、大きな仕事が与えられ、権限も責任も負うようにさせると、その中で自分の努力を駆使して仕事を進め、結果を出せるようになります。このように、リーダーを育成できる文化があって、仕組みが機能してきます。

リーダーシップを育成できる組織開発

経営戦略の実現を可能にするためのリーダー育成とは
 組織開発のベーシックな考え方についてお話しします。組織をデザインし、操作することでリーダーを育成できる文化をつくれます。ひとつのテコだけでは組織文化は変わらず、リーダーは育成できません。色々なテコを使わなければなりません。業務内容、進め方、構造でテコを考えます。事業部にするか、部門別にするか、マトリクスにするのか。成果主義にするか年功序列にするか、報酬制度、評価制度を考えて、意思決定について決めます。誰に権限移譲するか、どこでどういう意思決定するかで、リーダーシップができる、できないに大きく関わります。大きなことを決定できないとリスクをとれないし、自分の行動の変化もみられません。情報の提供も大事です。人材制度でどういう人を採用し、どういうキャリアパスを与えるかを考えます。色々なことが全て、相乗効果となってリーダーを育成できる文化を生むのです。

 日本的なやり方である、管理者への依存から脱却しなければなりません。管理者に仕事が与えられて「分かりました、やります」というのでは依存が起きます。ジョブディスクリプションもなく、管理者が「この人ならできそうだからこの仕事をやらせよう」と考え、仕事を与えるのはいけません。

 私たちは仕事のやり方を変えないといけません。私が欧米の企業でマーケティング部門を担当していた時は、明確な個人の業務規程、権限移譲があり、目標設定があるから成果が出せます。A、B、Cというそれぞれ別の仕事を持つ人がいて、各自が自分のタレントを活かして業務を遂行します。業務にはリーダーシップ業務も含まれ、よりコストを低く、よりコンシューマーのニーズを満たせる方法を考えて変革を進めていきます。きついと自分で思えば、やりやすい業務配分に変えられます。そしてそれぞれの役割、責任が明確で、結果を問われます。それが評価となり、良い評価がつけば早く上に行けます。競争して誰がトップか判断されます。

 人材育成を管理者の役割に入れないといけません。GEでは管理者の役割のうち、人材育成が占める割合は30%と言われています。マネージャーの責任はトップタレントの育成だということが明確に位置付けられています。それだけでは不十分で、欧米では人材育成を管理者の評価基準に入れています。だから本気の成果が出てきます。トップの目線がビジネスのほうに向いていると、育成は二の次でいい、というメッセージが下に届いてしまい、今ある組織が、育たなくて当然の組織になってしまいます。GEでは、経営幹部が育成のために戦略を練って、タレントレビューをしています。
私自身もP&Gでチャイナを訪問するとき、タレントレビューが業務に含まれていました。この人員の中で誰がトップタレントか、彼はどこまで行くのか、ディレクターか、ヴァイスプレジデントになれるのか、というディスカッションを必ずやりました。そういうことをしていると、人材育成の大切さが分かってきます。

 報酬や評価制度もリーダーシップの発想を取り入れないといけません。リーダーシップについて、明確な定義がないと、どう育てればいいのか分かりませんから、きちんと決め、リーダーシップを昇格の基準に入れます。成績が良くてもリーダーシップが弱い人はたくさんいます。そういう人は昇格させてはいけません。成績が良いからという錯覚で昇格させている企業が多いです。そして実力成果主義を報酬制度に入れます。日本企業はあまりにも差がないので、もっと差別化するべきです。調和が壊れるからと差別しないと、有能な人はすぐ外に出て行ってしまいます。

 意思決定は、トップタレントを全ての管理層でやります。部長になってから将来のリーダーを決めるのでは遅いのです。GEでは、入社1年目、2年目の時点で、有能さを判断する基準を決め、決定し、選抜して、たくさんトレーニングして経験を積ませるということをしています。会社を経営する上で、利益やボリューム、生産性、コストは計測するのに、なぜリーダーシップの育成はしないのでしょう。世界の、リーダーシップを育成する企業は、リーダーシップについても計測しています。

リーダーシップコンピテンシーと育成プロセスで鍛えて育てる

経営戦略の実現を可能にするためのリーダー育成とは
 リーダーの育成は、教育制度だけではある程度の効果しか現れず、リーダーシップコンピテンシー、リーダー育成プロセス、トップタレント教育、トップタレント選抜管理制度、キャリアパスの明確化、トップタレントのアサインメントなどの仕組みがあって、相乗効果が生まれます。

 リーダーシップコンピテンシーとは、社員のリーダーシップの期待能力評価です。昇格にリーダーシップを採用します。またコンスタントアプリケーションが必要で、採用基準と評価基準が違わないようにしないといけません。徹底した制度化により、目標設定結果を測定することで、リーダーシップを育成できます。この定義はGEもP&Gにもあります。

 そして、本質的なリーダーシップ育成は教育ではありません。責任を通じてリーダーシップを育成できるのです。そのためにリーダー育成プロセスが必要です。まず強制的にアサインメントします。優しいアサインメントでは筋肉が発達しません。難しい、挑戦的な仕事をやらせることで、その人材は頭を使って実践できるようになります。そして、実践で実績をあげます。コンピテンシーがあっても実践できなければリーダーではありません。OJTや上司のコーチにより、知識を習得させます。またメンターを導入し社内外で教育し、見解を変えさせます。報酬を明確に差別化し、キャリアパスを動かし、仕組みを早く回します。GEでは6か月単位のプロジェクトで回しています。何年も同じような仕事をやらせると、トップタレントは退屈するので、ぐるぐる回します。
 また、将来のリーダー選抜においては、課長や部長をはじめ全ての階層でトップタレント制度を実施。将来の可能性で判断して優先的に優良な業務につかせ、透明なキャリアパスでメンターやトップタレント教育を駆使して育成します。

 日本が成功するため、卓越した優秀な企業となるためには、リーダーシップ育成なしにはできない、という世界に変わりつつあることを実感していただきたいのです。いくつかの実例を挙げましたが、どこかの会社のやっていることをそのまま真似するのではなく、その中にあるリーダー育成の仕組みを理解し、自分の会社に落とし込んでいくことが大切です。