第5回:「ID(インストラクショナルデザイン)理論」の原則と期待できる研修効果

「研修」というと、参加者は講義をただ座って聞くだけ、と考えていないだろうか。そのような講義型の研修に比べ、より効果的かつ効率的に研修を設計・実施するための概念がある。教育工学や心理学等の研究成果が蓄積された「インストラクショナルデザイン/Instructional Design(以下、ID)=教育設計」と呼ばれるもので、企業研修にもよく応用されている。今回は、この「ID」の基本的な考え方を見ていこう。

企業研修におけるIDの「目的」とは

本連載の第2回で紹介した「ARCSモデル」や、第3回の「カークパトリックの4段階評価モデル」も、このIDの理論のひとつである。このように、IDには多くの理論・モデルがあるが、まずはなぜ企業研修にIDが必要なのか、その目的から考えてみよう。

企業研修は、ビジネスの一環として行われるものである以上、より効果的・効率的であることが重要だ。ここでいう「効果」とは、研修を受けた社員が職場に戻って研修で学んだことを応用し、なんらかの成果を出すこと、つまり「業務によい影響を与える」ことである。そして「効率」とは、もちろん「なるべく短い時間で、費用をかけずに効果を出す」ことだ。

簡単に「効果的・効率的」と述べたが、実はこの2つは矛盾する要求であることが多い。単純に「知識の習得」が目的であるならば、もっとも効率的な方法は、書籍や資料を読む、研修のために準備された映像を観る、といったことになるだろう。しかし、ただ読んだだけ、観ただけでは、「効果」や「職場で実践できるか」という点は心もとない。そのため、企業はより高い効果を求めて、講師と対面で行う研修を用意するのである。

「4つの原則」に基づくグループワークやディスカッションの必要性

次に、ID理論の「4つの原則」を見てみよう。単にグループワークやディスカッションを行えばIDになるわけではなく、以下のような原則によって、これらの必要性が生じるのである。

(1)研修の参加者は「大人」である
「大人」にとっての学習は、目的がはっきりしていなければならない。やみくもに「これを勉強しなさい」と講師から押し付けられても、その必要性に納得がいかなければ、まったく身につかないだろう。つまり、研修の目的・ゴールを明確に設計し、参加者に共有している必要がある。

さらに大人は、既にさまざまな知識や経験を持っている。ゼロから始めるのではなく、既存の知識を活用して、取り組める課題から取り組むことが効率的な学びとなる。

また、研修相手が大人である場合、講師はその「自尊心」を大切にしなければならない。これは対象が子どもの場合でも同じではあるのだが、大人になれば、子どものときよりも自尊心の重要さは増しているだろう。ある物事を知らないことをバカにされる、自分の意見を軽視される、間違ったからといって侮辱される、などということがあれば、効率的に学習できないのである。

(2)「自分で考え、自分で語ったこと」は研修後の行動に結びつきやすい
たとえ講師がすばらしいマネジメント理論を語ったとしても、それが「自分事」として参加者に受け入れられなければ、その後の行動には結びつかない。だからこそ、学んだ内容を整理して自分の言葉で周りに説明する、他の参加者の言葉に対して自分の意見を述べるという、グループワークやディスカッションが効果を発揮するのである。

(3)「楽しく学ぶこと」が習得への早道である
人間は大きなストレスにさらされると頭の回転が鈍くなり、例えば普段なら簡単にできることがうまくできなくなる、といった状態に陥ることがある。この状態は、なにかを習得してほしいときには最も避けたい。

つまり、参加者に対して、強制する、怒鳴りつける、間違いを侮辱して罰する、という「昔ながらの学習方法」は意味がないだけでなく、害悪だということだ。講師は、参加者をできるだけリラックスさせ、間違うことに対して恐怖感を抱かない状況を作り出す必要があるだろう。

そして、だれでも自分が「好きなこと」や「楽しいこと」に対しては、学ぼうと意識していなくても熱心に取り組めるし、短い時間で覚えられるものだ。これも研修に応用すべき人間の心理である。

(4)研修の効果の有無は、参加者の「受講後の行動」で決まる
研修とは、参加者が知識を身につけさえすればよいのだろうか。この稿の前半で説明した「IDの目的」を考えれば、答えは明らかだ。研修とは、参加者が職場に戻った後に、研修で学んだことを実践したり応用したりして、結果的にビジネス上で成果を生み出すために行うものだ。それならば、研修でそういった目的を達成できるよう、お膳立てをする必要がある。つまり、効果を考えれば「ふりかえり」や「行動目標の立案」も重要な研修カリキュラムだといえよう。

上記の「IDの目的」と「4つの原則」を知っていれば、今までの研修では成果があげられなかった理由も、おのずとわかるのではないだろうか。



李怜香(り れいか)
メンタルサポートろうむ 代表
社会保険労務士/ハラスメント防止コンサルタント/産業カウンセラー/健康経営エキスパートアドバイザー
http://yhlee.org