第2回:モチベーションアップの理論を研修に活かす

従業員のやる気、つまり、モチベーションは経営の大きな課題だ。さらに、研修を設計するときにも、受講者のモチベーションを高く保つ工夫が求められる。モチベーション(=動機づけ)についてはさまざまな心理学の研究があり、「欲求段階説」や「動機づけ・衛生理論」、「効力感」などの用語は聞いたことがあるだろう。ここでは、いままでの動機づけ理論を基盤に確立された、「ARCS (アークス)モデル」を見ていこう。

「ARCSモデル」の4つの要因と具体例

「ARCS(アークス)モデル」とは、研修を企画したり教材を開発したりする際に、学習者の動機づけを高める方法をモデル化したものだ。30年ほど前にアメリカの教育工学者であるジョン・M・ケラーによって提唱された。「ARCS」とは、次の4つの単語の頭文字をとったものだ。

Attention(注意)
Relevance(関連性)
Confidence(自信)
Satisfaction(満足感)


これらの4つの要因は、それぞれ3段階に分けて説明されている。具体的にどのように研修に反映するのか、見てみよう。

【Attention(注意)=おもしろそうだ】
目新しいことや不思議なことに接すると、好奇心を刺激され、そのことを理解したいという気持ちも刺激される。しかし、いくら注意をひきつけるといっても、講師がとっぴな服装をするといった、研修内容と関係ないことをしたのでは、一瞬は注目されるかもしれないが、そのために内容が頭に入らないということになってしまうので、研修との関連性を考えよう。

(1)知覚的喚起:楽しそう、参加してみたい、と思わせる
・オープニングにひと工夫し、注意をひく。しかし、研修内容と関係ないアイスブレイクは避ける。

(2)探究心の喚起:好奇心を大切にする
・なぜだろう、どうしてそうなるのか、といった素朴な疑問を投げかける。
・いままで習ったことや思っていたことの矛盾や先入観を鋭く指摘する。

(3)変化性:マンネリを避ける
・研修の全体像がわかる、スケジュール表やメニュー、目次を提示する。
・ひとつのセクションを短めにおさえ、「講師が話すだけ」の時間をできるだけ短くする。


【Relevance(関連性)=やりがいがありそうだ】
研修内容について、与えられた課題を受動的にただこなすのではなく、受講者が「自分ごと」として積極的に取り組めるようにする。また、目標に向かうプロセスを楽しめるようにする。

(1)親しみやすさ:自分の味付けにする
・受講者が関心がある、または得意な分野にあてはめて、わかりやすい例を提示する。
・経営陣や現場トップなどから、「この研修は業務にどのように位置づけられるのか」について話してもらう。

(2)目的指向性:目標をめざす
・自分の努力によって研修内容が身についたことがわかるようにする。
・研修で学んだ成果がいつどこで活かせるのか、具体的に説明する。

(3)動機との一致:プロセスを楽しむ
・自分の得意な、やりやすい方法でできるよう、やり方の選択肢を用意する。
・ゲーム的な要素を入れるなど、研修自体を楽しめるようにする。

【Confidence(自信)=やればできそうだ】
やればできそうだ、という気持ちを感じさせるには、受講者の不安感を取り除かなくてはならない。なにをするかわからない状態のまま、「とにかくこれをやりなさい」と言われると、受講者は不安になる。また、失敗を恐れる受講者の気持ちを理解し、そのような不安感にもあらかじめ対処しておく。

(1)学習欲求:ゴールインテープをはる
・本題に入る前にあらかじめゴールを示し、どこに向かって努力するのか意識させる。
・目標を「頑張ればできそうな程度」に設定する。

(2)成功の機会:一歩ずつ確かめて進む
・失敗しても恥だと感じることがないような、練習の機会を作る。
・他人との比較ではなく、過去の自分との比較で進歩を確かめられるようにする。

(3)コントロールの個人化:自分で制御する
・失敗した場合にも、受講者を責めたり、「やってもむだだ」と思われるようなコメントをしたりすることは避ける。
・アドバイスを与える一方で、それを参考にして自分独自のやり方でもよいことを伝える。

【Satisfaction(満足感)=やってよかった】
もちろん、ほめることは受講者が満足感を得るために必要だが、身につけた研修内容を他人に教えることも満足感を生む。さらに、講師や、受講者を評価する上司が公平にふるまうことも、満足感を持続させるポイントだ。

(1)自然な結果:むだに終わらせない
・研修前後に上司を巻き込み、受講者が研修で身につけたことを実践できるようサポートしてもらう。
・研修内容が身についたかどうか確かめるため、研修に参加しなかった人に内容を教えるよう提案する。

(2)肯定的な結果:ほめて認めてもらう
・目標に到達した受講者にはプレゼントを与える(「おめでとう」の一言や認定証など)。
・グループワークの結果を発表した受講者には、拍手をして称える。

(3)公平さ:自分を大切にする
・目標、練習問題、テストの整合性を高め、終始一貫性を保つ。
・講師がえこひいきをしているという印象を与えないよう配慮する。

受講者がやる気がないと感じたとき、それを受講者のせいにするのではなく、研修を設計する側、講師の側に、上記のような対処法があることを知っておこう。
李怜香(り れいか)
メンタルサポートろうむ 代表
社会保険労務士/ハラスメント防止コンサルタント/産業カウンセラー/健康経営エキスパートアドバイザー
http://yhlee.org