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経営階層に求められる能力とは?

第5回  日本文化に息づく『観の目』の視点

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 茶室における亭主が相客をもてなす茶事は、亭主を企業、相客を顧客と見立てるとかなりの符合します。炉畳を中心とした亭主と相客の交流は市場そのものです。ふるまわれる茶は商品・サービスということになります。その上で四規を改めて見ると、これは経営階層の心構えそのものを表しています。
 「和」「敬」は全ての人を尊重し、アサーティブに接する心構えですし、「清」は4S(整理・整頓・清掃・清潔)の環境を整える心構えですし、「寂」は「経営ビジョン・使命・理念」の軸を不動のものとして、会社の風土を維持する心構えに対応していきます。
 七則も解釈し直すと、以下のように整理できます。

 5番~7番の項目では、第2回で整理した経営階層に必要な能力に加えて、より実践的に必要な能力が要請されることになります。

 七則では、どうするかのHowは捨象されて、なすべきWhatのみが整理されています。そして、四規にはWhatを通じて追及すべきWhyが見事に整理されています。四規は茶道の理念価値を示しており、七則は茶道の型を示していると言えます。

能と「観の目」の視点

 日本の古典芸能である「能」が演じられる能舞台は、能役者が控える「鏡の間」と本舞台をつなぐ橋掛かりの横に、三の松、二の松、一の松の三本の松が配置され、本舞台に近くづくにつれ松の背丈が長くなるように配置されています。
 松の意味は「公」には数字の八が含まれていることから、方角だと「八白」となり陰気の終わり(水の気)と陽気の始まり(木の気)の境界に属する土気となります。つまり「鏡の間」は精神世界としての彼岸の空間であり、橋掛かりによって現象世界としての此岸の能舞台がつながるという設定となっています。
 又、能舞台の奥の鏡板の松は、舞台正面先にあると想像される「影向(ようごう)の松」が舞台側に写ったものとされていて、「影向」とは「神仏が仮の姿をとって現われる」ことから、鏡板の松には「神が宿る」と言われています。
 つまり、能舞台というのは、鏡の間からの幽霊と鏡板の松からの神の化身と、此の世の人間が交流する空間という設定になっています。まさに彼岸と此岸の境界としての幽玄世界という位置づけです。
 筆者は、昔、ニューヨークでミュージカルを観劇後、縁あって国立能楽堂の各流派の長が躍る公演を見る機会に恵まれたことがありました。ミュージカルでは、素晴らしい音楽とエネルギッシュな踊りに、生命の躍動を感じました。一方の能では、能役者は優美な踊りをゆっくりと演じていたのですが、圧倒的な緊迫感とともに「力強さ」と「速さ」を感じました。能の愛好者によると、その醍醐味は能役者と観客が一体となる感覚にあるのだそうです。速さとエネルギッシュな踊りであるミュージカルは見た通りの感覚を得ますが、能の場合、見ている風景とは真逆の感覚を得るわけです。まさに物理的なエネルギーとは全く異なる精神的エネルギーを受容した初めての体験でした。
能と「観の目」の視点

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