多国籍化する職場での身近なダイバーシティ経営問題と対応の観点

筆者はダイバーシティ経営を進める上で、公私ともに多様化し、適応していくことに日々取り組んできたつもりでした。しかしつい先日、妻と息子と一緒にランチを食べにハンバーガー屋さんに出かけた際に、筆者は何気なく発した一言で自分の至らなさ痛感し、深く反省しました。

筆者がうっかりつぶやいた「固定観念」「偏見」と反省

 筆者はダイバーシティ経営を進める上で、公私ともに多様化し、適応していくことに日々取り組んできたつもりでした。
 しかしつい先日、妻と息子と一緒にランチを食べにハンバーガー屋さんに出かけた際に、筆者は何気なく発した一言で自分の至らなさ痛感し、深く反省しました。
 それぞれ好きなメニューを頼み、妻はサラダがセットになっているものを選んだのですが、その時、「サラダが食べられると嬉しいよね」と言う妻に筆者は「サラダって女性が喜びそうなメニュー設定だよね~」と言ってしまいました。
 これに対して妻に何か言われたわけではありません。特に気にしている様子もなく、家族三人、楽しいランチの時間を過ごしました。しかし、筆者は内心、妻に対して申し訳ない気持ちでいっぱいで、自分の愚かさに打ちひしがれていました。

ダイバーシティ経営の弊害・支障は何気ない会話に巣食っている

 このような筆者の一言は、一般的な日本の職場仲間の会話では、違和感を抱かない方が普通かもしれません。
 しかし「サラダ=女性が好き」というのはあくまでイメージで、実際には筆者と異なりサラダが好きな男性もいれば、サラダが嫌いな女性もいるわけで、適切ではない発言でした。
 こうした何気なく繰り返される日々の問題発言と同根の、軽微で軽度な不適切な発言が繰り返される内に、やがて、組織文化や職場風土として、排他的(インクルージョンではなくエクスクルージョン)な状態が根付いてしまいかねないのです。

経営視点をもった現場主義の筆者が工場視察でふと違和感を抱いたこと……

 筆者は、経営指導・人材育成などに携わる際、状況が許す限り現場のありのままの状態を視察し、実際に指導対象となる方々の作業を同じ現場で体験させてもらいます。
 ある関東の製造工場の現場を視察した際、工場長から応接室で出前寿司のランチのお誘いがありました。筆者はできれば現場のいろんな面を視察したかったので、工場長のご配慮に感謝しつつも、「ランチを頂けるなら、ぜひ工場で働くみなさんと同じ社員食堂にして下さい」とお願いしました。
 作業服姿の工場のみなさんと一緒に列に並んでみたところ、話す言葉や肌の色やしぐさなどから、多国籍な職場環境にあるように見受けられました。
 そうした中、筆者が違和感を抱いたのは、透明なケースの中に並んだ社員食堂のメニューでした。

 A定食 「肉じゃが定食」(主菜+小皿2つ、ライス、味噌汁)
 B定食 「焼肉セット」(主菜+小皿2つ、ライス、味噌汁)

 違和感の原因は、なにも、2パターンしかない画一的なメニュー設定ではありません。日本各地の工場の社員食堂は、昼休みに効率的に多くの作業員が食事できるよう、また、食堂運営のコスト削減・効率化などから、このようなメニュー設定は少なくありません。
 筆者がダイバーシティ経営上で問題があると感じたのは、多国籍な職場環境と見受けられるのに、豚肉(関東では肉じゃがに豚肉を使うことが多いようです)と牛肉(焼肉セットに牛肉がありました)の2パターンしかないということでした。

いったい何がダイバーシティ経営上、「何気なくも大きな問題」になり得るのか?

 英語の訛りからインド人と思われる方々もいましたし、マレーシアから来たと思われる方々も、同じ作業服を着て社員食堂の列に並んでいました。
 もしも、筆者の推測通りにそれぞれインド人・マレーシア人の方々で、さらに、ヒンドゥー教徒やムスリム(イスラム教徒)だったとしたら、この社員食堂はダイバーシティ経営上、大きな問題を抱えていることになりかねません。
 浅薄な知識ながら、ヒンドゥー教では牛を神様として崇め、ムスリムは豚を食することを教義で禁じられているのではないかと、筆者はまず思ったのでした。
 
 
 日本人にもムスリムやヒンドゥー教徒もいますし、三厭五葷(さんえんごくん)を食べない(三厭:肉・鳥・魚、五葷:ネギ・ニンニク・ニラ・らっきょう・あさつき)オリエンタル・ベジタリアンの方や、ヴィーガン(完全菜食主義者)、ラクト・ベジタリアン(乳製品は食べる菜食主義者)の方々など、日本人にも多様なベジタリアンの方々がいる。
 そうすると、この社員食堂における「A定食・B定食問題」は、単に国や宗教の違いによる問題だけでなく、日本人同士でも生き方や働き方に関わるダイバーシティ経営上の問題に発展しうるものとも考えられそうです。

「A定食・B定食問題」から得られるダイバーシティ経営の大事な対応の観点

 ここで、食事だけでなく経営全体としてダイバーシティ&インクルージョンを対応する際に、重要なあるひとつの基本姿勢が見出されます。
 それは「会社側が役職員に対して画一的なものではなく多様な生き方・働き方の選択肢を提供する」という基本姿勢です。
 ある企業では、生き方・働き方の選択肢の多様化として、ワークライフバランスに取り組み、またある別の企業では、テレワーク・在宅勤務で働く場所の多様化(ワークプレイスダイバーシティ)を進めています。
他にも、職場内に託児スペースや企業内保育所やキッズスペースを設けて、働く場所に集う人(子供も職場から排除しない)を多様化させる取組みもあります。
 また、自宅・出勤中・職場内(職場内でもフリーアドレス制)・出先・出張先など国内外を問わずシームレスに業務を行える環境整備、在宅勤務時のワークフロー(申請・承認処理)活用、災害・危機時にも事業継続性を高める危機管理型クラウドの活用、出張のコストも時間も労力も削減しつつ打ち合わせなどを行えるテレビ会議の積極的な活用。そうした多様な生き方・働き方の選択肢を提供する企業は少なからずあるのです。

日本企業がダイバーシティ経営を進める上で残念に思えること……

 筆者が残念に思うのは、戦略的な対応がとれていない「戦略なきダイバーシティの漂流」状態の企業が少なくないことです。
 確かに、多様化による何らかの変化には、多少なりともリスクはつきものですが、日本企業が世界的にみて問題視される点として「リスクをとらないリスク」によって、画一化(陳腐化につながりかねない)を強力に再生産して積極的にジリ貧経営を進めるというリスクの方が、将来の成長を抵当に入れて目先の安定を望む愚かな意思決定なのです。
 本稿の最後に、ダイバーシティ経営にこそフィットする古くて新しい日本の昔からのなじみ深い四字熟語を、良き意思決定の基本姿勢のヒントとして示しておきましょう。
 それが、「不易流行」です。大切な物事やそのエッセンスは受け継ぎ、多様化が必要な際の変化に適応するスタイルが、ダイバーシティ経営でも問われていると筆者は思っています。