なぜダイバーシティ施策を活用するほどダイバーシティ経営が崩壊するのか?

上場企業のコーポレートガバナンス・コードによるダイバーシティ経営の要求をはじめ、未上場でも女性活躍推進法によるダイバーシティ関連施策の要求など、企業に対して社会的責務としてこれまで以上に強くダイバーシティ経営の推進が求められています。

ダイバーシティ経営の典型的に見受けられる2つの対応

 上場企業のコーポレートガバナンス・コードによるダイバーシティ経営の要求をはじめ、未上場でも女性活躍推進法によるダイバーシティ関連施策の要求など、企業に対して社会的責務としてこれまで以上に強くダイバーシティ経営の推進が求められています。
 筆者が見る限り、本腰を入れてダイバーシティ経営を推進しようとする経営者・役職員が、多様性の実現のためにダイバーシティ経営を推進するのではなく、他社でもよくある、①画一的な「模範解答らしきもの」を自社にも導入し、②ダイバーシティ推進室を設けよう、という企業が多いのです。

「模範解答らしきもの」としてのダイバーシティ経営の偶像崇拝

 まず、①の画一的な「模範解答らしきもの」に飛びついてしまう経営者・役職員の心理はどのようなものでしょうか。
 ダイバーシティ経営(ダイバーシティ&インクルージョン)について、そもそも「やらざるを得ないから仕方なくやる」ものと考えているようです。ですから、深く学び自社の経営環境・実態に即して施策立案せずに、手っ取り早く「ダイバーシティ経営らしく見えるもの」をコピペして対応完了とする「やっつけ仕事型ダイバーシティ対応」になってしまうのです。
 一見、社会の要求に応えているように見せかける「優良経営偽装」企業が、少なからずはびこっていると筆者は見ています。

ダイバーシティ推進室に丸投げした無責任な「他人事ダイバーシティ」状態

 また、②のダイバーシティ推進室やプロジェクトチームなどを設ける企業が多くありますが、果たして、そうした部門が望ましい機能を果たしているでしょうか。
 筆者が企業のダイバーシティ経営担当者以外の方々に「この部門ではどうダイバーシティ経営への対応を進めていますか」とお伺いすると、たいてい「ああ、ダイバーシティ対応はダイバーシティ推進室がやっています」という答えが返ってくるのです。
 こうした実態は多くの企業でダイバーシティ経営が、ほとんど「他人事ダイバーシティ」の状態になっていることをよく反映しています。

ダイバーシティ経営の「責任者不在」状態

 当たり前のことではありますが、株主・地域社会などのステークホルダー(利害関係者)から経営を委託された経営者が、各役員・部門長などにそれぞれの経営上の役割・業務を委任して経営がなされます。
 これと同じく、ダイバーシティ経営も、ステークホルダーの委託・要請を受けた経営者がダイバーシティ経営を推進し、その際に必要な人員を割り当てて経営が行っていくものなのです。つまり、ダイバーシティ経営の最高責任者は経営者であり、役員や部門長も通常の経営の中での役割と同じものを「ダイバーシティ経営」の中で担っているはずです。ところが、「他人事ダイバーシティ」においては、すべてをダイバーシティ推進部門などに一任し、結果として無責任ダイバーシティ経営になってしまっているのです。

「与えられた幸せ」としての画一的なダイバーシティ施策

 ダイバーシティ施策を企画・立案する「推進室」などが主体となり、現場の非正規職員を含む方々への実態ヒアリングや連携をすることが望ましいのですが、「これが(模範解答らしき)ダイバーシティ施策である」という押しつけ型の取り組みとなってしまうことが少なくなく、他人事ダイバーシティを加速してしまっているのです。
 筆者は、幸せは誰かに与えられるものではなく、対話し、協調し合いながら共に作り上げていくものだと、これまでにも述べてきました。
 ダイバーシティ経営についても同様のことが言え、「与えられた幸せ=模範解答らしき施策」は画一的なばかりで多様性の実現は一向に叶いません。そればかりか型にはまった施策が、かえってダイバーシティ推進に副作用を及ぼしている問題が厄介です。

なぜダイバーシティ施策を活用するほどダイバーシティ経営が崩壊するのか?

 筆者は、日本企業におけるダイバーシティ施策推進上の問題は「不完全なダイバーシティ経営の推進」にあると思っています。
 つまり、「多様性を尊重する」という掛け声だけで、実際には、性別・人種・価値観・障がいなどを受け入れるインクルージョン対応が決定的に欠落している状態なのです。
 ダイバーシティ施策はあっても、実現する器が整っていないわけですから、社員の意識改革もなされず、「穴の開いた器にダイバーシティ施策をジャブジャブ注ぎ込んでいる」か、「極めて狭小な場に大量のダイバーシティ施策書類を無理に押し込んでいる」状態になっているのです。
 こうした「不完全なダイバーシティ経営の推進」が産休や育休に対する心無い言葉を生んだり、職場内不和といった副作用につながっています。

「人員・戦力の不足は人員・仕組み化で補う」という当たり前のこと

 そして、ダイバーシティ経営崩壊のさらなる原因は、施策活用で生じる人員や戦力の不足を他の同僚などのサービス残業や過重労働で補おうとしていることにあると筆者は考えています。
 一部の人ばかりが手厚く保護されて、その人をサポートする立場の人や、そもそも施策の活用対象者ではない人が、不当・不平等に扱われていることが、ダイバーシティ施策を活用するほどダイバーシティ経営を崩壊させる元凶なのです。
 筆者のいた国連の職場ではずっと以前からダイバーシティ施策活用者の人員の不足は、代理要員などの人員で補われる必要がある、というのが共通認識でした。
 人員が抜けたことによる戦力の低下や、なかなか代理要員では補いきれないスキルや機能については、業務標準化や作業現場なら機械化・多能工化で補っていきます。また、オフィスワークではIT(クラウドなど)活用による「場所に縛られないワークライフ職場づくり」の仕組み化が、求められています。

筆者オリジナルの「ダイバーシティ推進型の社内通貨制度」による対策

 そうは言っても、なかなか抜本的な対策を行うのは難しい、とお思いの経営者の方々が少なくないでしょう。
 そうした方々に試していただきたいのが、筆者オリジナルの「ダイバーシティ推進型の社内通貨制度」です。先に述べたダイバーシティ経営による不平等感を解消する上で役立つものとして指導・導入支援をしています。
 この手法では文字通り社内通貨(ここではSG:サポートゴールドとします)を使用します。
 例えば、妊娠した方が産休を申請するとき、同時に100SGを支給してもらいます(支給額は企業によって自由に決められます)。そして、同僚など周りの人にサポートしてもらったとき、その作業負荷(通貨レート)に応じて、たくさんサポートしてくれたAさんには規定の5SG、軽く補助してくれたBさんには規定の1SG、のような形で支払います。
 受け取ったSGはその額に応じた何かと交換することが可能です。社員食堂の食事券や商品券でも良いですし、人事考課・人事制度とリンクさせる場合は、貯めたSGをボーナス査定に反映する、といった具合です。

ダイバーシティ施策活用者もサポート側も気兼ねなく生き働く

 この手法を用いるとダイバーシティ施策を推進する上で、一方的に助けられたり、助けたのに報われないというような不平等感が解決するので、サポートする側もされる側も気兼ねなく働くことができるのです。同時に、実利にも結び付くわけですから日本企業のダイバーシティ経営推進を救う一手になるのです。
 もしかすると「貯めたSGで考課査定をアップさせたいので、ぜひ積極的にダイバーシティ施策活用者のサポートをさせて下さい」と積極的に「実利を通じたダイバーシティ経営への参画とインクルージョンの進展」をしてくれる方々が、今よりもずっと多くなるかもしれません。
 また、こうした取り組みが社員の満足度向上にもつながり、離職率を低下させるといった効果ものぞめるかもしれません。
 「ダイバーシティ経営推進のインセンティブ」をつけることは、旧来からのダイバーシティ施策を多様化させ、道徳的な面での人権意識の向上だけでなく、実利面・損得勘定の面でも、非常に有効です。
 画一的な対応を脱し、創意工夫を凝らしていく過程で、現場の実態・多様性に根ざした生産性向上・効率化・単なる従業員満足度の向上を超えた従業員幸福度とエンゲージメントの向上に寄与する「嬉しい副作用」が期待できるのです。
 あなたの会社・職場も、他人事ではなくあなたが主人公として、ちょっとした工夫でこれまでと多様化させてみませんか?